スクリーンのなかの医事法
第6幕「転校生」
1982年日本(松竹),監督:大林宣彦
前田 和彦(九州保健福祉大学)

題 名:
転校生
(DVD SPECIAL EDITION)
税込価格:
¥5,040
発売元: バップ

 第6幕は『転校生』である。児童文学の巨匠山中恒原作『おれがあいつであいつがおれで』をベース(原作では小学生であるが本作では中学生としている)に大林宣彦監督が故郷である尾道を舞台に撮った思春期ラブ・コメディの傑作である。本作以後,尾道を舞台にした『時をかける少女』(1983年),『さびしんぼう』(1985年)の3作品は,あわせて尾道三部作と呼ばれ,多くの観客を魅了した。

 尾道に住む中学生斉藤一夫(尾美としのり)と転校生斉藤一美(小林聡美)の心と体が,ふとしたきっかけで入れ替わってしまう。しかたなくお互いの家から友達まで取り替えて暮らし始める。周囲には男であるはずの一夫は急にしおらしくなってしまい,一美はまるで男勝りの行動をとる女の子と映ってしまう。最初はお互いの体をもてあまし,相手をなじってしまう二人であった。何しろ「あるはずのものがなく」,「ないはずのものがある」わけであるから,二人は戸惑い困惑していくのだ。特に男の体になった一美は,当然のごとく級友たちから「オカマの一夫」とからかわれ,いじめの対象とされてしまう。そんな一美を女になった一夫は何かと気遣うようになる。一美の母がつくったおにぎりを持っていったり,いじめる級友たちに立ち向かうのである。そして二人はお互いをかばい励ましあうようになっていく。

 思春期の男女は,子どもから大人への道として性の違いを理解していかなければならない。それは通常,戸惑いやテレから,本来の違いを知ることよりも,何か遠回しに理解したような感覚でやり過ごしてしまうものだ。しかし一夫と一美は,お互いの体を通して男女の性の違いを相手への慈しみや優しさで理解し,異性の体にも愛情を持てるようになっていく。本作を見た観客の多くは,異性への理解と優しさを思春期への回想とともに感じたはずである。

 さて,始まりと同様に階段から転げ落ちることで二人は元に戻るが,今度は一夫が転校していくことになってしまう。去り行く一夫の乗ったトラックに一美は「さよなら私」と何度も叫び,そこに一夫の言葉が重なる「さよなら俺」……。そして最後は8ミリ映像へと変わる有名なラストシーンである。最初と最後に使われる8ミリカメラによる淡いブルーの映像は本作がもつ思春期の切なさと強くオーバーラップし,より秀逸な作品へと高めているものである。

■今の日本の法制度なら
 さて,本作のなかにどのような医事法的部分があるのだろうと不思議に思う方もいるかもしれない。たしかに本作公開当時には法制度がなかったものである。それは男女の性について生物的性と自己意識が一致していない状態が問題となる性同一性障害についてである。本作における一夫と一美は異性を理解しながらも結局は元の肉体に戻ることができた。しかし,現実の社会では長い間,理解すらされていない疾病だったのである(現在ではWHOの国際疾病分類ICD-10にも掲載されている医学的疾患である)。それが2003年7月16日に「性同一性障害の性別の取扱いに関する法律」が成立し,1年経過後に施行されることになっている。これにより性別取扱いの変更の審判が受けられるようになった。

 その条件は1.20歳以上であること,2.現に婚姻していないこと,3.現に子がいないこと,4.生殖腺がないことまたは生殖腺の機能を永続的に欠く状態であること,5.その身体について他の性別に係る部分に近似する外観を備えていることであり,審判請求においては性同一性障害の診断結果等の医師の診断書の提出が必要となる。この審判で性別変更が認められれば,性同一性障害者の長年の懸案であった戸籍の性別変更も認められることになる。やっと現実の社会も男女の心と肉体の違いを理解する日がやってきたのである。本作の観客は,20年以上も前に一夫と一美の見出した異性への優しさとともに理解していたことをである……。

■筆者の独り言
 本作は第56回キネマ旬報ベストテン第3位となり,一美役の小林聡美はヨーロッパファンタスティック映画祭・主演女優賞を受賞している。映画として優れているのはもちろんだが,特に1980年代に思春期や青年期を過ごした人々には圧倒的な郷愁を持って支持され続けている。もちろん筆者もその一人である。

 また,この映画の魅力のひとつである冒頭とラストシーンの8ミリ映像だが,大林監督の娘である千茱萸(ちぐみ)さんが担当している。実は高校時代映画研究会にいた筆者は,大林監督と懇意だった後輩から,「千茱萸さんと一緒に映画を撮ることになったんですけど」という話を聞き,いろいろと案を練ったことがある。残念ながらさまざまな要因から実現しなかったが,懐かしい思い出である。十数年後,その後輩は映画評論家となり,千茱萸さんも活躍している。筆者もいまだに映画と離れられず,このような文を書かせてもらっているのだ。
【CAST】
小林聡美,尾美としのり,佐藤允,樹木希林,宍戸錠,入江若葉,志穂美悦子,林優枝
【STAFF】
監督:大林宣彦
脚本:剣持亘
撮影監督:阪本善尚[J.S.C]
音響デザイン:林昌平
製作:日本テレビ/ATG
(医療科学通信2004年2号)
 

 
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執筆者の著書: 医事法セミナー(新版)
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