スクリーンのなかの医事法
第5幕「アイ・アム・サム」(原題 I am Sam)
2001年アメリカ,監督ジェシー・ネルソン
前田 和彦(九州保健福祉大学)

販売元:
松竹(株)ビデオ事業室
税抜価格:
4,700円
(C)2001 New Line Productions, Inc.(C)2002 New Line Home Entertainment, Inc. All Rights Reserved.
 第5幕は『アイ・アム・サム』である。本作品のテーマは親子愛である。しかも,知的障害者の父親が子供を育てていけるのかという問題がストーリーに織り込まれていく。そして全編に流れる音楽は「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」ほか,すべてがシェリル・クロウらのカバァーするビートルズ・ナンバーである。
 自閉症の知的障害者であるサム(ショーン・ペン)は,ビートルズのことは何でも知っているが7歳程度にしか知能が発達していない。そんな彼が娘ルーシー(ダコタ・ファニング)を授かってしまうことから物語は始まる。しかし,ルーシーが7歳になったとき,児童福祉局のカウンセラー(ロレツタ・ディバァイン)から養育能力がないとされ,ルーシーを施設に入れ里親に託すべきと判断される。ルーシーと離れたくないサムは仲間の勧めから敏腕弁護士を雇おうとする。彼が訪れた大手法律事務所の女性弁護士リタ(ミシェル・ファイファー)はお金もなく障害もあるサムを体よく追い払おうとするが,息子との関係などで混乱しているうちにボランティアで弁護を引き受けることになってしまった。最初は仕方なく弁護をし始めるリタだが,強い絆で結ばれたサムとルーシーの親子愛を見るうちに自分と息子の関係を重ねるように裁判に情熱を注ぎ込むようになる。しかし,裁判はリタの奮闘もむなしく,サムに不利な方向へと進んでいく……。
 この作品は硬派な社会派ドラマでもなく,障害者が奇跡を起こすファンタジーでもない。それでも本作を魅力的にしているのは真っ直ぐに普通の親子愛を描いたことである。サムを演じたショーン・ペンは,この作品で第74回アカデミー賞(2002年)主演男優賞にノミネートされているが,決してオーバーな演技ではなく,知らない人が見れば本当の障害者が演じているから愚直な演技なのだろうと見えるほどである。
 障害者だからではなく,自分の娘だから真っ直ぐ愛してる! 親だから普通に子どもを愛してる! それがこの映画のすべてである。

■ 今の日本の法制度なら
 知的障害のあるサムは知的障害者福祉法により居住地の福祉事務所を窓口として保護されることになる。ちなみに平成15年度からは知的障害者の福祉サービスの仕組みも大きく変化している。これまでは知的障害者(または知的障害児)が施設に入所すると国がすべきケアを施設が代わって行うということで「措置費」という名目で施設にお金が払われていた。それが現在,「支援費」という名目に変わり,障害者が中心となったということである。ただしケアの責任が国ではなく,障害者自身になったことも認識しなければならない。
 さて,現在の日本では知的障害者の婚姻,出産を拒む明確な法規はない。だが,現実には軽度の知的障害の例であり,本作のように7歳程度の知能レベルのサムとルーシーが一緒に住むということは難しいであろう。ルーシーは児童福祉法により児童福祉施設で生活するか養子ということになるのではないか。したがって本作の設定はわが国においてはファンタジーなのかもしれない。サムのようなケースで,スターバックスやピザハットで働く光景は,日本ではまず見ることがないのは残念ではある。そして付け加えるべきは,日本においてもアメリカでも現実の児童相談所やカウンセラーは決して敵ではない。彼らの努力で多くの子どもたちが救われている事実を忘れてはならない。

■ 筆者の独り言
 確かに本作は完璧な設定とはいえないだろう。しかし十分すぎるほどの魅力にあふれている。ショーン・ペン演じるサムがルーシーと分かれるときの悲しげな表情は,『タップス』(ハロルド・ベッカー監督:1981年)のラストシーンでブライアン(ティモシー・ハットン)の亡骸を泣きながら抱えていたアレックス(ショーン・ペン)の表情のそれであった。無垢なサムを演ずる彼に若き日の初々しさを感じたのだ。そして登場人物で最も注目を浴びたのはルーシー役のダコタ・ファニングだろう。彼女の知的な少女役は近年公開された作品で最も日本人に愛される可憐さを秘めていたといえる。そして彼女がぬいぐるみを持って毎夜サムのアパートを訪れる姿がかわいかったという人がいたが,実はリタの息子もぬいぐるみを抱いて寝ているシーンがある。子どもはみんな親の愛を待っている! もうひとつ大きな魅力が,全編にちりばめられたビートルズのカバー曲と歌詞を意識した台詞である。父親を物足りないだろうと言われたルーシーはこう答える「All You Needs Is Love(愛こそはすべて)」と!
 

 
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執筆者の著書: 医事法セミナー(上)医療・患者編
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