スクリーンのなかの医事法
第1幕「ギルバート・グレイプ」
前田 和彦(九州保健福祉大学)

品番:PIBF-97019
品名:ギルバート・グレイプ
税抜価格:¥3,800
発売元:アスミック/東芝デジタルフロンティア
販売元:パイオニアLDC

 スクリーンのなかは,日常の些細な生活から奇想天外な絵空事までさまざまなドラマが展開する。そのなかには,つくり手が意図していない場合でも医療や福祉にかかわる関心を呼び起こす場面が多々登場するのだ。ここでは,あくまで映画の話を中心として,それにかかわる医事法的な内容を今の日本ならという視点で少しだけお話ししたいと思う。そして気になることがあれば,良書をお読みいただければいいだろう。だが,一番お勧めしたいのは,その映画を楽しんでご覧いただくことだということをお忘れなきように。
 第1幕は『ギルバート・グレイプ』である。アイオワ州エンドーラという町を24年間出たことのないギルバート(ジョニー・デップ)は,知的障害を持つ弟アーニー(レオナルド・ディカプリオ)と2人の姉妹,そして夫の自殺後に過食症で250kgに太ってしまった母親(ダーレーン・ケイツ)と暮らしている。外界を知らないギルバートはキャンピングカーで旅するベッキー(ジュリエット・ルイス)と出会い,互いに惹かれ合うようになる。しかし,ギルバートには弟や母親の世話があり,ベッキーへの感情と家族からの束縛の間で次第に苦悩していく……。決してきれいごとではすまされない内容だが,出演者の名演も手伝って,さわやかな感動と優しい気持ちでラストシーンを迎えることができる作品に仕上がっている。すがすがしい旅立ちとして心に残るラストである。
■ 今の日本の法制度なら
 さて,ギルバートの家族だが,今の福祉や社会保障制度で救われる道はないのだろうか。まず,弟のアーニーだが,劇中で18歳の誕生日を迎えることになる。それまでは17歳で「児童福祉法」上の施設の利用や児童相談所のソーシャルワーカーに相談することもできる。また,2001年12月より民生委員を児童委員にあてることができるようになり,身近な相談者となることが期待され,アーニーにもなんらかの助言がなされたであろう。そしてアーニーが18歳をすぎれば,「知的障害者福祉法」の適用となり居住地の福祉事務所が窓口となって,都道府県や市町村の援護を受けることができる制度となっている。
 そして母親だが,夫の自殺で独り身になったとき,ギルバートが未成年であったなら,「母子及び寡婦福祉法」の母子家庭にあたり母子福祉資金の貸し付けや母子福祉施設の利用が可能となる。しかし,映画の設定上ギルバートが24歳ということでは難しいかも。居間のソファからほとんど動かない母親だが,アーニーが警察に連れて行かれたときに杖があったとはいえ,自力で歩行したことを考えれば40歳以上であっても介護保険の認定には至らないだろう。ただ,過度の肥満であることから糖尿病性腎症などの「介護保険法」上の特定疾病と診断がなされれば要介護認定がおりるかもしれない。
 最後に蛇足だが,ラスト近くで亡くなった母親を家とともに燃やしてしまうシーンがあるが,実際に行われれば少なくとも「墓地,埋葬等に関する法律」第3条,第5条違反となる。しかし,家族として母への愛が強く表れていた。その前では法律さえもかすんでしまうだろう。本当に蛇足である……。
■ 筆者の独り言
 この作品は2人の有能な若手俳優が支えていると言っても過言ではない。主演のジョニー・デップは『シザーハンズ』(1990年アメリカ)のときから気になっていたが,心優しいが陰のある役はどちらの作品においてもはまり役であった。彼の抑えた演技が重くなりがちな場面でもさわやかな後口にさせてくれたと思える。そして特筆すべきが,アーニーを演じたレオナルド・ディカプリオである。彼の演技はまさに神がかり的としか言えまい。本当の障害者が演じていたと聞かされればほとんどの人は信じるであろうと思える迫真の演技であった。ディカプリオはこの作品でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされ,スターへの階段を上ることになる。その後『タイタニック』(1997年アメリカ)で大スターとなるが,俳優として本作を超える作品がないといわれるのは残念なところである。『タイタニック』でディカプリオのファンとなった人にはぜひ本作品を見てほしい。ディカプリオはアイドルではなく,こんなにも上手い役者なのだということを知ってもらえるだろう。
 公開時に「本年度最も心を打つ映画」と称賛された本作は一見の価値がある。
執筆者の著書: 医事法セミナー(上)医療・患者編
医事法セミナー(下)福祉・生命倫理編
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