スクリーンのなかの医事法
第2幕「砂の器」
前田 和彦(九州保健福祉大学)

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出演:
砂の器
4,700円(税抜)

松竹(株)ビデオ事業室
野村芳太郎
松本清張
橋本忍,山田洋次
丹波哲郎,加藤剛,
森田健作,島田陽子,
山口果林,加藤嘉,
緒形拳,佐分利信,
渥美清
 第2幕は『砂の器』である。言わずと知れた松本清張の傑作推理小説を原作として映画化したものだ。巡礼の身で流浪の旅を続ける親子と地方の心優しい実直すぎる巡査の交流が,「宿命」の果ての悲しい結末に至る物語である。
 戦前の貧しき日本,病のため村を後にしなければならなかった父(加藤嘉)と幼い息子の秀夫(春日和秀)は,苦しい巡礼の旅で疲れ果て,ある村に行き倒れのようにたどり着く。そこで出会った三木巡査(緒形拳)は,2人の身の上を案じ追い払うこともなく保護した。そして父の病と子の将来を考え,別離を勧めるのだった……。時は過ぎ,戦後の復興も遠くなるころ,1人の男が国鉄蒲田駅構内で遺体で発見された。それは年老いた三木の変わり果てた姿であった。この殺人事件を担当したのは2人の刑事,今西(丹波哲朗)と吉村(森田健作)である。2人は捜査中,三木が殺される前夜に会っていたのは,新進の作曲家で指揮者の和賀(加藤剛)であることを突き止めた。そして和賀こそが,成長した秀夫の姿であったのだ。「宿命」と名付けられた劇中音楽(音楽監督:芥川也寸志)の壮大な演奏とともに物語の後半は綴られていく。
 この悲しい物語の発端は,ハンセン病への差別と偏見である。戦前においては特効薬もなく不治の病であった。しかも症状が顔や手足に強く出ることや感染へのおそれが,人々の差別や偏見を一層強いものとしていた。そのような時代でも三木は彼らに手をさしのべたのである。本作の公開当時は,「らい予防法」も存在していた。本作の鳴らした社会や行政への警鐘にもかかわらず,法の廃止にさえ20年以上の時間が流れたのだ。そして現在でも,この病への差別や偏見,元患者への対応がすべて解決したとは言えない。本作は,医療にかかわる者はもちろん,すべての人が自らの目と心でもう一度見直すべき作品である。

■ 今の日本の法制度なら
 さて,巡礼親子の父が冒されていた病はハンセン病である。明治時代以前から「らい」,「ドスマケ」と呼ばれ,病とは別の言われなき差別(ノルウェーの医師ハンセンが病原菌を発見し伝染病〈感染症〉とわかるまで遺伝すると思われていた)にも患者たちは苦しんだのである。ハンセン病はらい菌(ミコバクテリュウム)の感染により皮膚と末梢神経が好んで冒される慢性特異性炎症性疾患であり,重症化すると視覚障害,手足や顔の変形などの後遺症が出る。現在では新薬により治療可能で新たな患者もわが国ではほとんど見かけない。もちろん,差別や偏見にさらされる必要など何もない。
 1996年「らい予防法」は,多くの問題を残したまま廃止された。それは療養所に残された患者たち,すでに社会に戻っている元患者を含めて,すべての関係者に対し,行政や社会が真っ直ぐに延びる道を引くことなく制度だけを廃止したことである。その後,熊本地裁をはじめ全国で元患者たちが裁判を起こしたことはご存じのことだろう。そして2001年「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」が成立した。元患者に対する具体的な補償の法規である。今後,巡礼親子と三木のような悲しい結末はもう起こらないかもしれない。
 しかし,元患者の過去の苦しみや流れた時間が消え去るわけではない。本作はこの苦しみを「宿命」をモチーフに表した。まさしく胸に迫るテーマであった。ただし,われわれができることは,もう二度と「宿命」とは呼ばせず,差別や偏見のない社会にしていくことだろう。

■ 筆者の独り言
 書いている自分も胸が重苦しくなったので,出演者に話題を移そう。主演の二人,丹波哲朗と森田健作は,どちらも緻密な演技より大きく演じるほうが向いている。それでは本作は全編大味になっていたかというと,緒形拳と加藤嘉が脇をしっかりと引き締めている。緒形拳の演技力には定評があるが,本作では決して出過ぎず誠実で優しい男を演じている。彼の存在が悲しく悲惨な物語を温かな人の心を感じさせる作品にしているといっても過言ではないだろう。そして特筆すべきが加藤嘉演じる巡礼親子の父である。病に苦悩する姿,悲惨な運命に打ちひしがれる表情,一転して息子を愛しむ瞳,出番が多くなくとも物語のイメージを左右するほどの演技であった。彼の姿に涙する人は数多くいるはずである。
 本作は当時,数々の賞に輝いた。しかし,今の時代に生きる人々こそが,その価値を見出すべきではないだろうか。
 

 
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執筆者の著書: 医事法セミナー(上)医療・患者編
医事法セミナー(下)福祉・生命倫理編
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