書 評

放射線および
環境化学物質による発がん
─本当に微量でも危険なのか?─

佐渡敏彦,福島昭治,甲斐倫明:編著
B5判・本体3,800円・医療科学社
放射線および環境化学物質による発がん
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[評者]青山 喬
 滋賀医科大学名誉教授(放射線基礎医学)

 我々が明確にリスクという欧米流危険評価方法論の洗礼を受けたのは,国際放射線防護委員会(ICRP)1977年の勧告(Publication 26),1980年のBEIR III報告書によるのではないでしょうか。その後の経過はご存知の通りですが,近年,低レベルの曝露は有益とさえするホルミシス論が展開されるかと思うと,病院で受ける放射線診断の被ばくすら発がんリスクに寄与しているとする報告が発表されるなど,専門知識のない大衆の困惑は計り知れない状況でした。

 幸いにも,この度,佐渡敏彦博士(放射線医学総合研究所名誉研究員)を中心とする第一線の研究者が,1994年に(財)原子力安全研究協会の協力を得て,「ごく低レベルの放射線被ばくによる人の発がん」を独自の立場から検討するグループを立ち上げ,環境化学物質による発がんリスクの専門家と共に,「放射線発がんに関するしきい値問題の検討」と言う報告書を作成されました。しかし,その後,放射線発がんのメカニズム,および,低線量放射線生物学の領域で多くの重要な研究の進展があるので,報告書を改訂することを検討されたのですが,この問題に関心のある一般読者の目にも触れる様に本として出版することを決意,本書が誕生することとなりました。

 本書の構成は,最初に「リスク評価の意義と限界」が論じられます。リスクを定量的に評価するために記述的モデルが必要となるのですが,ヒトが対象の場合,原爆被爆者のデータに基づくことになり,「直線・しきい値なしLinear non-threshold:LNT」仮説が登場するわけです。問題の根源を,まず,俎上に載せようと言うことでしょう。

 次に,「人におけるがんとその原因」を概観した後,「環境化学物質による発がん」がテーマとなります。動物実験の重要性が指摘され,ここでは,しきい値の存在が示唆されています。「放射線による発がん」の章は,外部被ばくと内部被ばくに分けて,ヒト集団の疫学的研究と実験動物を用いた研究成果が比較されます。線量反応研究が中心ですが,ヒト集団は,遺伝的素因や環境要因が異なる多くの亜集団の集合であり,実験に用いられる近交系動物は遺伝的に均一で,宿主要因,環境要因の解析に適している事が指摘されます。

 続いて,「放射線および化学物質の生物作用」,「発がんのメカニズム」,「発がんと自然突然変異」と,著者らの発がんのメカニズム論が展開されるのです。そして,放射線による発がんは,LNT仮説が想定している放射線の直接的ヒットによる突然変異と言った単純メカニズムでは説明しにくい事が指摘され,標的細胞を取り巻く微小環境や,生体防御システムまで視野に入ってきます。「生物進化の視点から見たがんに対する生体防御システム」の章は,佐渡博士の卓越した生命哲学と言えるかもしれません。勿論,「放射線の生物影響研究一最近の進歩」にも目配りし,最も興味深い最後の総合討論:「発がんリスクをめぐる諸問題」と続きます。そして,討論の最後は,“LNT仮説はあくまで放射線や環境化学物質に対する防護基準策定に必要な具体的数値を算出するために仮説として提出されたもので,メカニズムの面からは必ずしも支持されているわけではないことに皆さんの合意が得られたと思います”と言う座長の言葉で締めくくられました。本書は放射線医学・生物学や原子力安全問題に関心をお持ちの方,食品,化学工業関連の技術者,学生諸氏の座右の書として必須のものと思います。

くらしと放射線(No.18)関西電力株式会社:刊 より
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