●●● 著者インタビュー ●●●
医療に活かす癒し術

芦原 睦 中部労災病院心療内科
佐田彰見 元・中部労災病院心療内科
聞き手:編集部
――『医療に活かす癒し術』(2005年4月刊)は,お二人が「日本放射線技師会雑誌」に連載ご執筆いただいた原稿を大幅に見直していただき,医療科学新書の1冊として発刊されたものです.まずは,できあがった本を手にされたご感想と,心療内科医と医療心理士というお立場から一言ずつお願いいたします.

芦原 僕は,これが34,35冊目の本になるわけですが,本の売れ行きはタイトルと表紙,それと出版社がどこに向けて広告するか,この3つがポイントだと思います.ですから,新書としては表紙も悪くない,タイトルも良い,後は医療科学社の販売促進能力,これにかかっている本だと思っています(笑).

 冗談はさておき,医療において心理士というのは,いまや必要欠くべからざる存在であるわけです.ところが現行の臨床心理士制度というのは,医師会と厚生省の了解が出ないまま文部省中心で動いてきてしまった.ですから,私たち医療のなかにいる者にとっては,どうも日本の医療にはそぐわないような気がしています.それにもかかわらず,臨床心理士さんがいろいろな病院でなんとか適応するように活動しているのは,法的なシステムや教育制度が良いわけではなくて,個々人の適応力によってだと思うんですね.

 日本の医療のなかに心理士がもっと増えると,医療は必ずよくなるという信念が僕にはありますので,そういうスタンスで心身医学のレクチャーや心理学科の授業をやってきました.今回,雑誌に連載する機会をいただいて,コ・メディカルの人たちが何を学べばいいか,どういうことを医者側が要求しているかなど,ある程度の基準を僕なりにこの本で出せたと思います.

佐田 私にとっては,その他大勢の共著者としての本はこれまでもありましたが,表紙に名前を載せていただくような本は初めてなので,すなおにうれしいなという気持ちです.そして,やはりこの内容を書かせていただけたのは,ひとえに芦原先生から病院のなかに入ってもいいというご許可をいただけたというところがスタートかなと思います.芦原先生は,もう10年以上前から医療のなかにおける心理士の必要性についておっしゃってますので,私たち心理士にはもちろんのこと医療人全体を啓発するような内容になっていると思います.私自身が分担したところは,診療放射線技師さんはじめまったく心身医学を知らない方たちを意識して書かせていただいたので,これから入っていかれる方には参考にしていただけるのではないかと思っています.

芦原 まだ佐田先生が心理学科の学生のころ,僕は毎年,学部と大学院の授業をやっていて,日本に心療内科を始めるぞ,心理士がいたら日本の病院は良くなるぞといいまくっていたものですが,それが現実のものになってきましたよね.

佐田 かたちのないところでパイオニア的にやられ,国家資格のない私たちを教育してくださるのはすごくエネルギーがいったと思います.

芦原 大学病院など大きな病院でも,心理士さんというのは普通,精神科に1人いるだけでした.それでノイローゼの患者に付きっきりになっているんです.しかし,医療における心理的な問題というのは山積しているわけですから,1病院に1人ではなくて,外来とか部署ごとに心理士がいてなんでいけないの? という最初の発想があったわけですね.

――心身医学を取り入れることがわが国の医療の質の向上につながるということについて,もう少しお話しいただけますか.

芦原 本来,心と体というのは分けて考えられないもので,人間というのは心もあって体もあって,社会活動もしている,そのバイオ・サイコ・ソシオ(身体的・心理的・社会的)という考え方があたりまえのことですよね.多くの医師が口先では病気を診ずに病人を診ようといっているけれども,患者さん側から見れば,大きな期待を持って大学病院や大きな病院に来たけれども,非常に不満を持って帰ることが多いわけです.ですから,この人と会って良かった,この病院に来て良かったと思われなかったら,サービス業としての医療の基本は成り立たないわけです.

 それは医師も心療内科も心理士もそうなんですが,患者さんに訴えがある以上,何をしてあげればいいのかを考えなければなりません.だから僕は,わけがわからないときは「僕はいま,あなたに何をしてあげられるんですか」といって直接聞くんです.「僕のやれることはこういうことです」と.「あなたは体の病気だと思われるかもしれませんが,2人の整形外科の先生が整形の病気じゃないといっています.例えば,心理士と話してみる気はありませんか」と.ペイシェント・オリエンテッドというか,患者さん中心の医療で,心と体を分けないお医者さんというのがいてもいいじゃないのという発想なのですが.

――佐田先生は,日本心身医学会認定の医療心理士第一号のおひとりとなりました.また近い将来,国家資格もできようとしていますが,それによってどう変わっていくでしょうか.

佐田 患者さんにとって,当たり外れがあったと思うのです。たまたま良い病院で良い治療者に会えてよかったという方がある一方,せっかく病院に行ったのに傷ついて帰ってきてしまった方たちもいたと思います。全国共通の資格がつくられることによって活性化され、病院全体の治療の質が担保されるようになっていくと思います.

芦原 病院のなかには医師,看護師,薬剤師,診療放射線技師など白衣を着て働いている人はたくさんいますが,そのなかで無資格なのは心理の先生だけです.その問題をやはり是正するということで,臨床心理士と医療心理士の2本立てですが,心理士の資格が法制化されるというのはいいことだと思います.日本の医療の現場に心理の人が多くなれば,日本の医療は必ずよくなります.

 知人から聞いた話ですが,従来の心理士さんというのは,老若男女,患者さんがどんな問題を抱えているのかお構いなしに,ロールシャッハテストなり,箱庭なり,夢分析なり自分の専門のことをやらせる人がいたようです.それは何か需要と供給のバランスが変で,患者さんは治ればいいわけですが,自分の専門を押しつけるというのはやはりおかしいと思うんですよね.要するに質の担保というのはまさにそのことだと思います.交流分析もできる,カウンセリングもできる,自律訓練法もできる,行動療法もできる,そして医療のなかではこうできるとあってほしいわけです.例えば,明らかなうつ病に一生懸命カウンセリングとか心理療法をやろうとしたら,「先生,うつがひどくなってしまいました,薬出してください」と,そういうこともありました.外来のなかでは短い時間でよくわからないでやってしまうということがあるんです.

――国家資格になると医学的な知識がもっと要求されてくるんでしょうね.

芦原 そうですね.面白い話があって,文学部の臨床心理学の教育だけを受けた人が病院で仕事を始めて,「先生,私の父はコレラで,母はペストです.弟は赤痢で臥せっていますけど,先生はカウンセラーですから守秘義務があるでしょう.いっちゃだめですよ」「わかりました.お宅の家の秘密ですね.コレラとペストと赤痢ですね」,と.医師国家試験のなかに衛生・公衆衛生学ということで水質検査とか疫学とか感染症は必須なんですが,なんで必須なのかよくわからなかった.コレラとかペストとか,ありもしないじゃないかと思うのですが,医師,薬剤師,看護師,准看護師,診療放射線技師,全部の国家資格に衛生・公衆衛生は必須なんですよ.あれは白衣を着た人の共通知識なんですね.そこをまず徹底したことによって日本の公衆衛生が進んだわけです.だから心理士にとっても,内科,心療内科,精神科,小児科,公衆衛生の知識は必須になると思いますね.

――例えば感染症の知識がないと,院内で感染症を媒介してしまう可能性もありますよね.

芦原 そうです.コンプロマイズド・ホスト(易感染性宿主)といって,透析をしたり点滴をしている患者さんに,心理士がよかれと思って手を握って「あなた,頑張ってね」といったら,バーっとばい菌を移して死んでしまうということもあります.だからそういうことが起こらずにきたというのは,やはり臨床心理士の個人の適応力でやっていますよね.それは法的な担保も何もない.

――これからはそういうものが一律に要求されて,システムとしていくということですね.

芦原 医療の知識のない人たちをなぜ臨床心理士と,臨床という言葉を使うのか,僕にはすごい疑問だったわけです.僕らが臨床というのはベッドサイドという意味ですから,患者さんを診るのが臨床なんです.ところが心理の人たちは,人間をやれば全部臨床心理なんですね.このことは,これから変えていかなければならないと思います.

――この本は医者が読んでもいいし,コ・メディカルスタッフが読んでもいい本だといわれる方がいます.医師と臨床心理士というお立場からそれぞれ,この本をどう利用していただいたらいいのかをお願いします.

芦原 私たちがいままでやっていたことというのは,お医者さん用とか心理士さん用というものはありましたが,コ・メディカルの皆さんに読んでいただけるようにという企画は非常に面白いし,非常にいいところをついたと思います.もちろんコ・メディカルは,それぞれの分野でいろいろ学ぶことはたくさんあります.だけどまずこれを読むと,心療内科医と医療心理士の現場ではこういうことをやっているんだという,入門の1冊,第1ページに非常に良い本だと思います.

佐田 そうですね.私たちが心療内科の全体を知るのに勉強しだしたときは,難しい医学書を読んで体の勉強をして,心理についてはまた別に心理の本を読んでというように何十冊の本を買わなければいけなかったのですが,それが簡単に1冊にまとまっているということで,学生さんとかこれからちょっと知りたい方には手軽でいいのではないかと思います。学生のころの私がほしかった本です.

――医療人だけでなく福祉や介護などにかかわる人たち,さらに国民みんなが少しはこうした知識を持っているといいという意味で,啓発的な本といえるかもしれませんね.今日は,ありがとうございました.


(医療科学通信2006年1号)
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