医療過誤 そのパラダイム
池本 卯典:著
新書版・本体1,200円・医療科学社 |

詳細はこちらへ△
|
[評者]齊藤 壽一
(社会保険中央総合病院院長)
医療における事故と過誤は,日々マスコミ報道に登場しており,現代の大きな社会的課題となっている.医療は著しく高度で複雑なものとなっており,医療従事者の訓練や注意だけでは根絶しがたい構造的ともいうべき過誤発生の土壌がある.一方,患者や家族が医療に寄せる期待と権利の意識は,近年,急速に高まっている.そのような状況を背景に,医療過誤をめぐって医療関係者は今,根底において戸惑っていると言えよう.
このほど,池本卯典氏(日本獣医畜産大学学長)によって上梓された『医療過誤 そのパラダイム』は,発生要因と波及作用に多くの要素が錯綜する医療過誤について現時点での全貌を明快にときほぐしてくれる.医療法や医師法にはじまる各種の医療関連法令の骨子,そしてわが国の医療機関や健康保険制度など医療をとりまく諸環境が,医療過誤の背景として最新のデータを示しながら浮き彫りとなって示されている.これらの記述には,医科大学で臨床現場を見すえつつ長く法医学を講じてこられた著者の,法律と医療についての豊かな経験と見識とが結晶している.
医療過誤についてはその発生の現状,対応そして予防策と具体的に詳述されており,医療現場でのガイドラインとしての内容が充実している.ここでは,多くの実体験を積んでこられた著者にして初めて示しうる,医療過誤をとりまくフレームワークが見えて来る.特に医療関係者にとって最大の関心事である「医療過誤の予防」についてはインフォームド・コンセントや医療従事者の健康管理といった幅広い視点のなかで考察が進められ,また「ヒューマンエラー」の発生素地としての心理的,生理的要因,さらには「患者の期待権」との関係についてまで踏み込んで論及されている.錯綜する多くの複雑な要因の交点として発生する医療過誤について,本書は著者の透徹した洞察に基づく状況整理によって読者に判りやすい道筋を明示しており,医療関係者,法曹,研究者そして学生にぜひとも一読してほしい好著となっている.
|
|