● 対 談 ●
新刊『腹部エコーの実学』を語る
世代を超えた「“の”の字の2回走査法」
普及をめざして
杉山 高(写真右) 社団法人志太医師会検診センター 放射線技術課長
秋山 敏一(写真左) 藤枝市立総合病院 超音波科科長


秋山敏一 私は1981年に学校を出てすぐに地元である藤枝の病院に就職し,杉山先生と出会いました.ちょうど先生が病院で「超音波室」を立ち上げたときでしたし,その意気込みに魅入られたかたちで今日に至っています.放射線科へ超音波を移し,放射線科の入口のすぐ右側に超音波室を設けて,そこでコンタクトコンパウンドスキャンをやりましたね.いまのようにぽんと当てればすぐ画像が出るというのではなくて,職人技そのもののようなもので,やり方ではずいぶん苦労しました.

杉山 高 病院に超音波室というのが独立してできたのが1980年で,最初は3階外科病棟の6畳一間から始めたんですよ.秋山君には以来一貫して助けてもらい,今度の本のもとになった『実践腹部エコー』を出版するときにも,最初から手伝ってもらいましたね.

〈職場における超音波検査の現状〉

秋山 ところで,まず現在の職場における超音波検査の現状ということからお話を進めていただけますか.


杉山 高
杉山 私は藤枝市立総合病院を退職して2年になりますけれども,いまの職場,志太医師会検診センターへ来ましたら,超音波の診断装置はあるのですが,まさにほこりをかぶっていた状態でした.医師会長から超音波検査をやってくれないかということで来たのですが,検査場所もないという状態で,まったくインフラの整備がされていなかったですね.いろいろな手続きなど紆余曲折がありましたけれども,結果的には基本検診と事業所の検診,それとミニドック検診を現在はやっています.1年目が1,500人くらい検査を実施し,がんも5例ほど発見しました.2年目には2,500人くらいの検診で8人のがんが見つかっています.

秋山 私の勤務する藤枝市立総合病院は,平成7年に新病院ということでそれまでの駅前から移築され,そのときに「放射線科の超音波室」から「超音波科」に独立したかたちになりました.その超音波科長が杉山先生で,当時は1日80人,多くて100人ぐらいの患者数だったのですが,平成17年現在では,最低で1日120人,金曜日などは180人の患者数ということで,毎年鰻のぼりで5〜9%近く上がっていて,悲鳴を上げているというのが現状です.検査の分野も当初は腹部,心臓というのが主流でしたが,最近は乳がん検診の関係で,乳腺エコーが多くなってきましたし,エコノミー症候群の関係で血管エコーという分野が増えてきて,まだまだこれからも超音波の需要は増えてくると思っています.いまスタッフは8人で,全部放射線技師でやっています.全国的に見ると,心電図の関係から心エコーは臨床検査の方がやり,腹部エコーはCT,X線写真との関係から放射線技師がやっているという住み分けをしているところが多いようです.しかし,うちみたいに心臓まで放射線技師がやっているところは実際少ないのではないかと思います.

杉山 病院に在職していた頃からの私の気持ちとしては,「超音波」と名のつくものはすべて超音波科でやろうというポリシーのもとにいろいろやってきました.いまでは血管系では心臓や四肢血管にとどまらず,脳の血管,中大脳動脈あるいは前大脳動脈,後大脳動脈の血流測定というところまでやっていると思います.それから整形領域では超音波というのはあまり耳慣れない感じがするかもしれませんが,腱板断裂であるとか腱の損傷,アキレス腱とか,そういったものまで最近ではかなりやるんじゃないですか.


秋山 敏一
秋山 多いですね.整形では最近,腱の術前とか血管の移植の関係で,指先の直径1mmあるかないかの血管走行を術前に知りたいというオーダーが出るようになりました.

〈『実践腹部エコー』から『腹部エコーの実学』への進展〉

秋山 次に今回の本の原型となった『実践腹部エコー』の出版の動機からお話いただけますか.

杉山 私が超音波検査を始めた1970年のなかばには,いい専門書がなかったんですね.あるとすれば国内の文献といったもので成書はないに等しかったですね.そういったものをあさってイロハのイの字から,とにかくやらなくてはいけないということでやっていたんです.あるときテーラーという人の本に出会いました.これが実にいい本で,『実践腹部エコー』のレイアウトはそのテーラーの本を参考にしています.とにかく,その本を見て感動しました.そして自分たちも検査をやれば成果が出る,成果が出れば評価をされる.評価されればオーダーがきて症例も集まるという,いいサイクルになりました.そこで,いっそのこと自分たちが使う本,自分たちはこういうふうに検査するんだといったものを出版しようと考えたわけです.薄いもの,厚いものなどいくつかの本を出しましたが,1988年に刊行した『実践腹部エコー』はその当時の到達点であったと思います.

秋山 それから17年を経て,構成内容や症例なども全面的に差し替えられ,装いも改まって『腹部エコーの実学』として生まれ変わったわけですが,この一番のポイントはどこになりますか.

杉山 現在までに出ている関係書籍というのは,腹部エコーをテーマとした本でありながら,肝,胆,膵,腎までの内容にとどまるものが多く,あとの臓器は症例呈示といったものが大部分なんです.しかし腹部の超音波検査であるからには,腹部全体を見なければいけないと私は思っています.そういうことからすると,腹部全体を見るということと,その走査法が盛り込まれているということが,この本の特徴であり見どころであると考えています.もうひとつは規則性に基づいていることです.例えば肝臓の解剖があり,正常な走査の仕方があって,次にどういうところが異常であるかのチェックポイントがあり,それに基づいた症例呈示という一貫した流れで規則的に構成したことです.そのなかのチェックポイントで特に私が力を入れたのは,臓器の各疾患についてすべてシェーマで示していることです.これは他書にはない特徴であるし,また見どころじゃないかなと思っています.

秋山 実際この本のように必ず走査法を決めておくということは,見落としがなくて非常にいいですよね.また常に走査法に沿って全体を見るということで,ボディマークをつける必要もない.いろいろな走査法はありますけれども,上腹部から下腹部まで,幅広く腹部全体に対する走査法というのはこれが初めてだと思います.

杉山 病院によっては走査法自体がないところもあり,そういうところでは科ごとにやっている.泌尿器科だと泌尿器に関係する部位しかやらない.消化器科だと肝,胆,膵しか見ない.婦人科でしたら下腹部しか見ない.そういうふうに限られたところしか見ないわけです.ドックにしても,やはり対象範囲は肝,胆,膵を中心とした上腹部に限られているわけですね.それに対して私どもは,「上腹部だけ見るのは片手落ちで,全部見なければ検査したことにはならない」という考えです.そこでくまなく見落としなくするためには,やはりしっかり走査法を決めなくてはならない.そこに「“の”の字の2回走査法」という方法が生まれて,上腹部から下腹部まで見ようという方式がかたちになったわけです.この走査法は非常に評価され受け入れられました.実際この方式でやってきて,大腸がんや膀胱がんが見つかったケースがいっぱいあるんです.患者さんからすれば,検査を受けたからには全部見てくれていると思っている.ところが実際には,上腹部や下腹部の限られた臓器しか見てもらっていないわけです.それは保険点数の弊害でもあって,1か所見ても550点,全体を見ても550点ということになっていますからね.私はいつも,受ける側の立場に立ってものを考えなければいけないと思いますし,医療というのは弱者の立場になってものを考えていかなければいけないと思います.全体を見て550点のほうがはるかに受診者のためになるという考え方です.もちろん臓器を専門的に見るということは当然必要だと思いますけれども,最初のエコーでは少なくとも全体を見てあげるということ,これが私は超音波検査をするときの鉄則じゃないかと思っています.

〈「実学」というネーミングの深さ〉

秋山 『腹部エコーの実学』というタイトルですが,この「実学」というのは最近ではあまり耳慣れない,ある意味で非常に古い言葉なんですけれども,本来は豊かな内容の言葉なんですね.いまのエビデンスということとも通ずるような意味合いもあります.そのあたりについてお話いただけますか.

杉山 最初は『改訂増補版・実践腹部エコー』ぐらいでいいんじゃないかと単純に思っていたわけです.しかし序文をいただいた藤田保健衛生大学消化器内科の堀口祐爾教授から,改訂版というよりも今度はまったく新しい内容になっている,といった過分なご評価をいただきまして,それならばこれまでにないタイトルをつけたいといろいろ考えました.ちょうど東京の八重洲ブックセンターへ寄る機会があって,たまたま福沢諭吉の『学問のすすめ』を手にしたんです.高名な本にもかかわらず未読だったため,帰宅して読んでいると「実学」ということが書いてあるんですよ.実際の学問,実証の学問ということですね.江戸時代の観念的で非実用的な朱子学に対し,福沢諭吉は日本の近代化推進のためにこの実学主義を唱えたわけですね.広辞苑にも「実践,実理の学であり,応用を旨とする科学」とあって,結構この本の真髄にも通じるものがあると思いました.それで決めたんですよ.

秋山 いままで実学という言葉はほこりをかぶっていた.それを新しく磨いた言葉で出してくれたということですね.

杉山 私は『学問のすすめ』を読んで,福沢諭吉の苦労と建学の精神,いわゆるスピリットがものすごく情熱的であり圧倒されました.本当にこれは凄いと思いましたね.それに少しでもあやかりたいという意味も込めたタイトルなんです.だから『腹部エコーのすすめ』というタイトル案も考えたんですよ(笑).

〈本書の見どころ,学びどころ〉

秋山 また,今度の本では,症例数が非常に豊富になりましたよね.そのあたりの特徴もお話いただけますか.

杉山 症例が多くなったのは,特に秋山君が研究会などで発表のためにまとめられた消化管あるいは膵臓の症例,それはいわゆるエビデンスがしっかり出ているものでしたから,これはぜひ載せたいということで,消化管の症例を充実させたことが大きいですね.トータルな腹部全体を見る超音波検査の本で,消化管についてこれだけきっちりした症例を呈示している本はあまりないと思うんです.それだけをとっても,結構見応えがあるんじゃないかと思うんですけれども,いかがですか.

秋山 いま超音波では乳腺がひとつのブームとしてありますけれども,最近,腹部では特に消化管もブームになってきていますね.いろんな検診学会で超音波部会ができて,また消化管エコー研究会も発足するなど,超音波による消化管の勉強会が盛んになっており,これからもっと普及していくと思います.

杉山 そのまさに先鞭をつけた特徴的な内容になっていると思います.そのほかにも,膵臓や腎臓,後腹膜の副腎関係も鮮明な症例ばかりをとり入れた,というように全部特徴があるんですね.といいますのは,なぜ420ページになったかということです.肝,胆,膵,腎,脾,子宮,卵巣,膀胱,前立腺,それから消化管,後腹膜と,それらの全部を“の”の字の走査のなかから得られた症例を呈示したということでページ数が増したわけです.したがってどのジャンルも全部に力を入れて書いてあります.私にいわせれば全部が見どころなんですよ(笑).

秋山 ちょっと欲張っているんですね(笑).ところで,今後超音波はどのへんに需要が高まってくるでしょうか.

杉山 私は,超音波はスクリーニング検査としてあと20年は第一線でやっていけると思っています.他のモダリティによる画像診断,CT,MRI,シンチ,いろいろありますけれども,例えば早期の甲状腺がん,乳がん,肝臓がん,胆嚢がん,膵臓がん,腎臓がん,膀胱がん,卵巣がんを短時間に見つけられる手段としては,超音波以外の画像診断ではできないと思います.唯一害がなくて10分ほどの短時間に甲状腺,乳腺,腹部の全体の臓器を見ることができるのです.今後は,各病院や各検診施設においてきっちりとしたかたちで超音波をマスターし,上腹部だけにとどまらず腹部全体を見ていくということをすれば,国民のがんに対する恐怖を取り除き,あるいは早期がん発見の診断治療に結びつけることができるという朗報をもたらしてくれます.とにかく超音波検査はリスクがなく,しかもコンパクトであるということがさらに認識され,ますます価値を生むと思います.

秋山 その技術をマスターするには,この本を措いてない,ということですね.

杉山 「“の”の字の2回走査法」以外に,腹部全体のエコーをマスターする仕方というのはないと自負しています.

秋山 まとめとして,いま一度この本の読者の方に学びどころやその意義についてお願いします.

杉山 中国の有名な漢詩に,「年年歳歳花相似たり,歳歳年年人同じからず」というのがあります.毎年美しい花は同じように咲くが,この花を見る人々は毎年変わっている,という意味ですね.よく考えてみると,私どもは20何年間エコーのイロハのイの字から始め,実践的なことを覚えてやってきた.これから後に続く人たちも当然エコーなんてそんなに習わなくてもわかっている領域だと錯覚していた.ところが,世代の交代というのは漢詩のように常にあり,毎年毎年医療技術者は約1万人くらいの方々が出てくるんです.その人たちの1000人でも2000人でもいい,われわれが苦労したものを取り除いて,できるだけおいしい部分「“の”の字の2回走査法」を早くマスターしてほしいというのが願いですね.もちろん,この走査法に固執する必要はないわけです.しかし腹部全体を見る方法として,この走査法をマスターしておけば,どんなアレンジもできるんだということは強調しておきたいですね.医療従事者すべての方々にこの本のそういった価値を知っていただければこの上ない私どもの悦びです.もっとも私は放射線技師ですから,特に技師の人たちに購入して読んでいただきたいと思いますね.

秋山 先生のご期待どおりになるといいですね.長時間,どうもありがとうございました.


(医療科学通信2005年2号)
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