薬剤師の簡便な第二の武器
―薬学的分布診断法と攻めの薬物投与法―
高村 徳人(九州保健福祉大学薬学部教授)
1 はじめに
 現在までのところ,薬物治療において,薬剤師が重要な薬学(=薬物動態学)的数値を用い医療貢献している技術はTDM(therapeutic drug monitoring)以外に存在していない.したがって,薬剤師にはTDMに続くまったく違う観点からの簡便な第二の武器が早急に必要である.
 そこで,筆者は近年,患者個人個人の種々の血清タンパクにおけるそれぞれの薬物結合サイトの結合性を指標に,薬物の組織移行性の時間依存を予測するための,薬学的分布診断法(=薬の効き目を最大限に引き出すための絶妙なタイミングを見出すことのできる薬物の分布に着目した診断法)を開発して,これを関節リウマチ(RA)患者の疼痛緩和などに用いてきた1〜4).ここでは,本薬学的診断法の概要とその診断に基づく攻めの薬物投与法(=絶妙なタイミングでの薬物投与法)の実際例について簡単に述べる.

2 薬学的分布診断法の概要
 一般に,生体内における薬理効果の強弱は標的組織への薬物の移行量に大きく依存する.その薬物組織移行性(分布の度合い)の主要な調節因子のひとつが血清タンパク結合である(薬物は循環血液中に移行した後,程度はそれぞれ異なるものの,血清タンパク質と結合する).血清タンパク質のなかで主に薬物のタンパク結合を大きく左右するものにヒト血清アルブミン(HSA)およびα1-酸性糖タンパク質(AGP)があり,それぞれにタンパク分子上の薬物結合サイト(一般に,主な結合サイトの数はHSAでサイトI,IIおよびIIIの3個程度
,AGPで酸性および塩基性薬物結合サイトの1個程度)が存在する.したがって,これらのタンパク分子上の結合サイトの薬物結合性を結合サイト特異性薬物でモニタすることは重要である.一般に遊離脂肪酸(FFA)の増大により,FFAの第一結合サイト近傍のサイトII(FFAの第二結合サイトにほぼ相当)は阻害される(図1).これが一般的なタンパク結合の解説である.
 筆者は本分布診断法を簡便に行えるように,HSAやAGPの結合サイトの阻害程度はTDM用自動血中濃度測定装置(アボットジャパン社のTDXFLX)で測定し(図1),生化学検査値にはロシュ・ダイアグノスティックス社のインテグラを使用している.
 本診断を下す際の基本的な考え方は,日本薬学会のファルマシア1),アボットジャパン社のアボットニュース2,3)およびホームページのトピックス4)に詳しく説明されている.近い将来において,薬剤師は本診断をもとに安全かつ有効な攻めの薬物投与法を企図しなければならない.

図1 HSAおよびAGP分子上の代表的な薬物結合サイトとそれぞれのサイトの結合性を測定するための結合サイト特異性薬物
アボットジャパン社のTDXFLXで測定できる結合サイト特異性薬物は斜体字で示したフェニトイン,バルプロ酸およびジソピラミドである.ジアゼパムは高速液体クロマトグラフィ(HPLC)にて測定している.

3 RA患者の疼痛緩和に対する本診断の意義と症例
 RA患者の疼痛を緩和するために非ステロイド抗炎症薬(NSAIDs)の投与が生涯続けられる.そのなかで痛みの激しい患者には内服薬および坐剤の両方のNSAIDsが必ず併用されている.特に,坐剤は効き目も鋭いことから痛みが徐々に増強してくれば増量し投与されているのが現状である.しかしながら,坐剤の高用量長期投与は肝・腎障害につながる可能性が高くなってくる.このような現状を踏まえ,RA患者へのNSAIDs投与は安易な薬理の足し算(増量)でその場をしのぐ方針を支持してはならない.一般に,ジクロフェナクを代表とするNSAIDsの坐剤はHSAのサイトIIに強く結合し,分布容積も小さいことから,タンパク結合の阻害を受けることで,炎症部位への組織移行性が増大し薬効も高まると予測される.
 臨床において,本診断法と対で用いる疼痛緩和を目的としたサイトII結合阻害のための最適な投与法として以下の2法を確立している.
  投与法1:ジクロフェナク坐剤‐FFA療法
  投与法2:ジクロフェナク坐剤‐ナブメトン(商品名:レリフェン)錠療法
 以下に,本診断に基づく攻めの投与法の実際の施行症例について説明する.

症例1 5) :68歳の女性のRA患者(入院)で,主訴は全身の関節痛であり,ジクロフェナク坐剤(50mg)2個分2,朝夕で投与していたが,コントロールは不良であった.そこで,この患者の血清より薬学的分布診断法を施行した.その診断結果は,“HSA量低下および空腹時FFA増加によるサイトIIの結合低下状態”であったため,坐剤を投与する際,空腹時に投与する方針(投与法1)で臨んだ.ここで,患者に「間食をしないこと」を指導している.その結果,ジクロフェナク坐剤(25mg)2個分2,朝夕の投与に変更でき,疼痛コントロールは良好となり,ジクロフェナク坐剤の減量が可能になった.この患者は,鎮痛薬であるジクロフェナク坐剤の長期の高用量投与による副作用を常に気にしていたが,その不安を本診断による攻めの投与法により取り除くことができた.
症例21,3) :47歳女性のRA患者(外来)で,エトドラク錠(200mg)2T分2,朝夕食後とジクロフェナク坐剤(25mg)1個分1,早朝に投与されていたが,疼痛コントロールは不良となってきていた.そこで,サイトIIの結合を阻害できるナブメトン錠(400mg)2T分1,夕食後とジクロフェナク坐剤(25mg)1個分1,早朝投与に変更し,8日間併用を行った.その後,ジクロフェナク坐剤(25mg)の投与を中止しても疼痛コントロールが良好となった例がある.本症例のRA患者はジクロフェナク坐剤を家族から投与されていた経緯があり,そのことが本人の大きな心的苦痛となっていた.これに関してはジクロフェナク坐剤‐ナブメトン錠療法(投与法2)を施行することで改善された.本症例における分布診断結果は“低HSA量におけるサイトII結合阻害物6MNA存在増加によるサイトIIの結合低下状態”であった(エトドラクではHSAのサイトIIを結合阻害することはできない).

4 おわりに
 放射線部の先生方へ以下のことをアピールさせていただくことで締めくくることにする.われわれの研究で,HSAやAGPに結合する放射性画像診断薬がいくつか見出されている.したがって,病態によっては造影時の画像に大きく影響を与える可能性がある.薬学的分布診断法は造影時に患者の血液内がそのような状況であったかどうかを確認するための手段となりうる.また,見方を変えれば,少量の投与量で効率よく画像を鮮明化させる安全かつ低コストを実現する方法にもなりうるのである.このように,本診断法を合わせて用いれば,放射性画像診断薬の適正使用につながるであろう.                  

参考文献
1) 高村徳人,有森和彦,帖佐悦男.薬学的分布診断法の開発と攻めの薬物投与法の確立,病院薬剤師の技術をかけた挑戦.ファルマシア.2003;39(10):956-60.
2) 高村徳人.薬学的分布診断法と攻めの薬物投与設計:薬学的分布診断法について(その1).アボットニュース.2004;4:1-4.
3) 高村徳人.薬学的分布診断法と攻めの薬物投与設計:攻めの薬物投与設計について(その2).アボットニュース.2004;5:1-4.
4) 高村徳人.薬学的分布診断法と攻めの薬物投与設計,薬学的分布診断法について(その1).アボットジャパン・ホームページ.http://abbott.co.jp/tdm/ topics.html.2004.
5) 有森和彦,高村徳人.非ステロイド抗炎症薬(NSAIDs)のタンパク結合と置換現象を利用した投与設計.九州薬学会会報.2003;57:19-27.





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