書 評

医事法セミナー(新版)
前田和彦:著
A5判・本体2,000円・医療科学社

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[評者]中村 敏昭
 (前・城西大学経済学部長)
 医事法学のテキストは,法規の羅列で読みにくい感のあるものが多数あるが,本書はそれを克服し平易でわかりやすい記述がなされている。それは多分に,日常的な講義の経験と著者が育成・発展に努力されている日本社会医療学会の存在と無関係ではないように思える。医事法学の教育・研究の一翼を担う者として一番感じたのは,著者が重点的にとりあげたテーマ(患者中心の医療,患者の自己決定権・人権,インフォームド・コンセント,医療従事者の守備範囲と資格)は,評者が日ごろ考え論じていたこととほぼ同じということであった。というのも,それらの問題は現在の医事法学が抱えている課題だからであろう。

 患者の人権については,感染症予防法の項で,その病ゆえに不当な差別をされた薬害エイズ患者やハンセン病患者たちの人権についてわかりやすく詳細に記述し,特に直近の黒川温泉のハンセン病患者に対する宿泊拒否問題までとりあげているのは,適切と評価できる。この種の問題は,「差別が不合理で許されない」と抽象的に説くだけでは読者の心のなかに入ることはできず,実際にあったことを具体的に説くのでなければ真の意味の説得力はないと思うからである。

 また今日の医学の進歩・発展,医療の高度化,高齢社会の到来などを併せ考えると,医療の分野では従来医師(歯科医師)を頂点としたヒエラルヒーが形成されていて,法制上も実際上もその指示のもとに手足として動くのが看護師その他の医療従事者であるとされてきた。しかし現在は,それでは患者に適切な医療を行うことは困難になりつつあると言っても過言ではない。介護福祉士による痰の吸引などの是非にみられるように,現行法規の解釈の変更だけでは事案の適切かつ妥当な解決は難しく,著者の説くように「患者の安全と医療現場の実情の双方に合うような」抜本的な改正が望まれ,この点でも著者にかかる期待は大きい。

 最後に欲を言えば,医師(歯科医師)が記載責任者であるカルテだけでなく,看護師や診療放射線技師らの医療従事者らが責任を持って記載する記録はすべて診療情報として重要で,とりわけ裁判では真実を証明するのに必要な資料であり,その開示は不可欠である。この点についての著者の見解を述べていただきたかった。改訂版に期待したい。
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