インタビュー・著者に聞く
佐藤 哲夫(東京慈恵会医科大学呼吸器内科助教授)
著書『肺感染症と画像診断』(2004年3月刊)
聞き手:編集部
―21世紀,感染症は大きな医療課題のひとつになると久しく言われてきました。実際,昨今はSARSや鳥インフルエンザなどの問題が連日マスコミをにぎわせています。そこでまず,医療の最前線で診療にあたられているお立場から,今の状況をどうご覧になりますか。

佐藤:日常診療だとそんなに特殊な感染症はまずないんですけど,われわれが感じるのは結核がかなり多いということですね。もうひとつは非結核性抗酸菌症,結核の親戚のようなものですが,それが結構多い。それから真菌症関係,また,高齢者の誤嚥に関係した肺炎が日常診療としては問題になると思います。

―結核は,日本ではもう克服されたと思っている人が多いようです。

佐藤:それは違いますね。先進国のなかではかなり悪いほうですし,地域差があるんですね。わが国で発症者が多く出ている地域は,世界で一番結核が蔓延している国と同じ状況だと言ってもいいぐらいです。栄養状態が悪く,十分な健康管理がなされていないところで,結核にかかった方が排菌したりしていると,感染する率が非常に高くなります。
―SARSや鳥インフルエンザが一般に騒がれすぎているように思うのですが。

佐藤:とりあえずは冷静でいるつもりでおります。例えばSARSに関しても,私たちの病院ではマニュアルができており,外来を受診した場合でも,患者さんにどう対処するか決められています。鳥インフルエンザは日本では人間への感染例は報告されていませんが,万が一大流行した場合にはともかく,個人感染のレベルであればSARSのマニュアルに従ってやれば問題はないと思います。

―それをお聞きして安心しました。ところで,本書『肺感染症と画像診断』は書名のとおり「画像診断」が大きなテーマです。そこで,画像と感染症との相性といいますか,感染症の診断における画像の役割についてお話いただけますか。

佐藤:人間の感染症の三大侵入門戸は呼吸器系,消化管系,尿路系ですが,なかでも一番バラエティに富んでいるのは呼吸器なんです。尿路感染は膀胱炎や腎盂炎など限られてしまうし,消化器も食中毒とか細菌性のウイルスか寄生虫などですから,画像としてとらえるのはなかなか難しい。そういう意味では,感染症にかぎらず肺というのは画像診断に大変適した臓器なんですね。放射線科医のなかには「画像診断は肺に始まって肺に終わる」などとおっしゃる方もいます。胸の病気のなかで感染症は非常に大きい比重を占めており,X線写真を撮るとある程度どういう感染症かわかるということで臨床的に非常に価値が高い。
―実際にX線写真を撮るのは放射線技師さんが多いと思いますが,その撮る側にこういう点に注意してほしい,工夫してほしいということがありますか。

佐藤:単純X線写真というのは撮影する人の力量にかなり影響されます。胸の厚みを測って電圧を決めるなど,いい写真を撮るには技師さんのスキルが非常に重要になります。例えば,われわれは前後方向だけではなく側面や斜位の写真をオーダーしますが,その撮り方は技師さんによってかなりバラつきが出てくるんです。そういうとき,病変がどのへんにあるかを前後方向の写真から理解し,どのぐらい振って撮ったほうがいいとか,胸に水がありそうだから少し電圧を上げて撮ろうとか,そういうことがわかっていただけると非常にありがたい。
 それと,X線撮影は閉鎖空間でなされますので,自分自身が感染を媒介したり,感染してしまうことのないように,技師さんにも感染防御についての知識を持っていただきたいですね。オーダーする医師のほうでわかっていれば必要な処置はするのですが,おかしいなと思ったら自分でマスクをかけるとか,患者さんにマスクをかけてもらうような配慮をしていただけると非常にいいかもしれません。

―この本は技師さんばかりでなく,多くの医療人に有意義な情報を与えられると思いますが,どういう人たちに,どのように利用していただけるでしょうか。
佐藤:まずはプライマリ・ケアを担当する開業の先生方や,スーパーローテートの研修医など若手の医師に,胸部単純X線写真を見てどういう疾患が考えられるか,ある程度見当つけられるようになっていただけると非常にいいですね。それは技師さんにも言えることです。今の世の中は,技師さんは写真だけ撮っていればいいというわけではありませんから,特に開業の先生や研修医などに情報を提供するというのは,有用なことだと思いますね。

―数年前に結核の流行が問題になったときに,結核の写真を見たことがない若い医師はわからなかったという例がありました。

佐藤:大学病院で,結核病棟を持っているところは非常に少なく,実際の結核患者を診察するいう教育はなかなかできていないと思います。その点,この本では結核についても詳しく書いてあるので,参考にしていただけるといいですね。

―改めて注目して,勉強していただきたいということでしょうか。本書はまた,画像を撮る側とオーダーする側が共通認識を持つという意味でも役立ちますね。

佐藤:そのとっかかりにしていただければ,非常にうれしく思います。
(医療科学通信2004年2号)
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