◆ 近 刊 ◆
『IVRの臨床と被曝防護』を語る
● 座 ● 談 ● 会 ●
【出席者】
中村 仁信 大阪大学大学院医学系研究科
医用制御工学講座画像応用治療分野(放射線医学)
富樫 厚彦 新潟大学医学部保健学科放射線保健管理学分野
諸澄 邦彦 埼玉県立がんセンター放射線技術部
(写真左から)富樫,中村,諸澄
 
諸澄:先生方と一緒に編集に携わってまいりました『IVRの臨床と被曝防護』がこのたび出版の運びになりました。本日は編集に携わられたお立場からこの本の意義と,また実際にご執筆いただいたお立場から読者に訴えたいこと,強調したい点をお話しいただければと思います。


中村仁信
中村:私は総論を書かせていただきました。今までにもIVRの臨床の本はたくさんあり,被曝防護に関する本もあるのですが,IVRの臨床と合わせて被曝防護についてもかなり詳しく書いているというのは初めてだろうと思います。
 したがってこの本では,IVRの有用性ということよりも,被曝防護の必要性を訴えたいと思っています。ご承知のようにIVRにおける被曝の問題が非常にクローズアップされてきています。患者さんの被曝も防護しなければならないのは当然ですが,IVRに携わる医療従事者自身が不安にかられる面も結構あったようです。私自身,白内障が進んでいないだろうかと検査したこともありました。多くの医療従事者はしっかりと防護をするようになってきてはいるのですが,ポイントをとらえていないところも見られますので,この本で防護のポイントをよく知ってほしいと思います。

富樫:私は,診療放射線技師の養成機関で学生を教えているのですが,今,各種のX線検査数やRI使用量は下がり気味になっています。しかし,唯一IVRに関しての検査数が鰻上りで上がっています。以前われわれが使っていた機械の性能に比べると,今の装置というのはすさまじいパワーがあります。それにもかかわらず昔の意識のままで使うと,有用なはずのものが逆に非常に危険なものになりかねない,それがIVRに端的に現れているように思います。
 知り合いの医師が,透視で皮膚障害が起きるとは思ってもいなかったと話していましたが,私はそれが現実だと思います。昔の装置は,透視で皮膚が焦げるほどX線を出すと,皮膚が焦げる前に機械のほうがパンクしてしまったわけです。ところが今の機械は,簡単に10Gy,20Gyの治療レベルの皮膚吸収線量を出せます。その認識が放射線技師には必要なわけですし,それを使う放射線科医,他科の臨床医も含めた医療従事者にどこまでその意識があるかと言うと,やはりちょっとお寒いという現状です。ですからそれに対して的確に警告をし,使い方,防護方法を提示していかなければ,ますます障害を生じさせることになってしまいます。したがって,的確な警告をする必要があるという意味でこの企画をまとめたことは,ICRPパブリケーション85の出版とも併せて,非常に重要だととらえています。

諸澄:私は現場の放射線技師として,この本の出版に携わらせていただいたのですが,前任の埼玉県立循環器・呼吸器病センターのときは,深夜・早朝に心筋梗塞の患者さんが運ばれてきました。そうしますと当直の循環器内科医2人と放射線技師,看護師,そして臨床工学士の5人で患者さんの救命処置にあたるわけです。その入室から退室まで約1時間,その後のシネフィルムの現像などを考えると約2時間かかりますが,その患者さんが退院されるときには本当によかったと思ったわけです。ところが3年前のテレビ報道で,放射線皮膚障害を発症した患者さんが,このような痛い思いをするのならば,PCIなどやってほしくなかった,同意しなかったという発言をされていました。そこには,IVRの緊急性と,患者さんに直接のメリットがあるという点がとらえられていないと思いました。しかし一方で,その場にいた循環器内科医,また放射線技師がその被曝について情報を共有していれば,その皮膚障害が起こるようなことは防げたのではないかとも思います。そういう意味では,今回,臨床の先生と現場の放射線技師が被曝防護という共通の視点で書いたことは,大きな意味があると思います。
 ところで,富樫先生からICRPパブリケーション85のお話が出たのですが,これについては委員として参加されて,また国内での翻訳出版に関してもまとめ役をされた中村先生から,コメントをいただきたいと思います。

中村:私は1997年にICRPの委員になりました。第1回の会合に行きますと,とにかくIVRの被曝による障害が問題になっていましたので,最優先でそれについてのパブリケーションを出すということがすぐ決まりました。委員のなかでIVRの専門家は私だけでしたので,私と皮膚障害の専門家であるイギリスの委員の2人にメディカルフィジシスト3人を加えてミーティングを行いました。彼らとディスカッション進めていくなか,とにかく術者の知識が欠けていることが一番問題だということで一致しました。それを改善しなければいけないということで,必要な項目を考えていったわけです。
 特にそのなかでもポイントとしては,まずインフォームド・コンセントをしっかりと行わなければいけないということがありました。そして,皮膚障害の追跡調査を行う目安の線量としてどこで線引きするかについては,1Gyと3Gyの2つの意見がありましたが,最終的には3Gy,そして繰り返しIVRを施行する場合は1Gy以上ということが決まりました。もうひとつは線量をどうやって測るかということですが,IVR手技のプロトコールを施設ごとにつくっておいて,それによって線量を予測するようにしようということになりました。測り方としては大まかですが,結局はその方法しかないだろうということです。この3つのポイントが,今回全体を通して新しい内容だと思っています。

諸澄:今,プロトコールというお話がありましたが,線量測定ということになりますと放射線技師に任せられることが多いですね。そうしますと富樫先生,どのようなかたちになりますか。


富樫厚彦
富樫:線量の測定は,最初,放射線治療の分野から出てきましたので精度が非常に要求されていたわけです。したがって,その流れで厳密に測らなければいけないという固定観念のようなものがありますが,防護の線量測定と放射線治療の厳密な線量測定では,本来求められる精度がまるで違います。それほど違うものを同じ計測という視点で考えてしまっているので,防護の領域で測定できないとなってしまうわけです。ところが実際は,1Gyあるいは3Gyを超えているか否かは,それほど厳密な測定をする必要はないのです。測定できないということではなくて,測定する気がないというように私は考えてしまいますね。

諸澄:厳密な測定でなくてもいいから撮影線量なり透視線量なりを押さえろということですね。ところで,パブリケーション85の邦訳を見ますと,従来「障害」の字を使っていたのが,今回は「傷害」という表記になっています。この点について,中村先生にご説明いただければと思うのですが。

中村:原書の英文はまさに「injury」で,それに対しては誰も文句はないのですが,日本語ではこざとへんの放射線障害という言葉がものすごくポピュラーで,法律用語としても使われています。ですから,翻訳するときに私は「障害」を使ったのですが,それは英語の「hazard」だと言う方がいました。「injury」は「傷害」だということで,そういう訳語になったわけです。それはおかしいという反論が放射線科医のなかに今もあります。われわれもこの言葉を使っていかなければいけないのですが,やはり人を傷つけるという「傷害」をIVRをやる者としては使いたくないという気持ちがありますので,本書『IVRの臨床と被曝防護』でも「障害」を使うことにしたわけです。

諸澄:この点に関して,富樫先生のご意見は。

富樫:言葉というのは,非常に大切だと思います。私自身がこだわっているもうひとつの言葉に「被曝」という字がありますが,これは法律用語では「被ばく」となっています。日へんの「曝」だと堅苦しい感じがする,放射線は恐いという感じを植えつけてしまうという考えや,あるいは適切な言葉がないという事情もあるのでしょう。しかし,われわれが意識的に放射線を人体に投与する仕事をしている以上,ちょっと気を緩めればとんでもないことになってしまうということを自覚するためにも,被曝という言葉を曖昧なひらがなの「ばく」にはしたくないと考えています。
 同じように放射線障害に関しても,パブリケーション85の「injury」に「傷害」という訳語をあてたことに,私は敬意の念を表します。もちろん中村先生がおっしゃったように,やる側とすれば傷つけているわけではない,傷つけるためにやっているのではないという気持ちは大切だと思います。が,やはり注意をしないと傷つけてしまう可能性があるという認識がわれわれの側になければ,平気で50Gy,60Gyを照射したまま,知らないで患者を放置しかねない現実があります。

諸澄:やはり,撮影にしても透視にしても基準線量を把握して,何分透視したから1Gyに達しましたということをそばにいる放射線技師から臨床医に伝え,そして臨床医もそのことを勘案しながら,アンギュレーションを変えるとか,むやみに拡大しないということが必要なわけですね。

富樫:皮膚の障害よりも命のほうが大切だと言われれば確かにそうなのですが,したい放題やっていいということとは違うと思います。ですからそのあたりはやる側の注意を喚起する必要があると私は思っています。

中村:本書の第3章で皮膚障害について詳しく書かれています。雑誌の論文としてはありますが,本書のようにこれだけ詳しく書かれているものはないので,これは非常によかったと思います。

諸澄:脳外科や循環器科の医師,あるいは放射線技師が皮膚障害のカラー写真を見て,「ここまでいくことがあるの」ということを認識することは大事ですね。

富樫:AJRの症例写真を見ても,アメリカだからああいうものを出すんだという認識ですよね。実は日本でもそれに匹敵するほどの症例が起きているという現実を直視する必要があると思います。

中村:私は1年ほど前に阪大病院でPCIを受けたのですが,手技的に難しい箇所がありすごく時間がかかりました。知っている放射線技師が立ち会っていて,時間をものすごく気にしているのです。ただ,私としては治療を続けてほしいという気持ちは当然あり,被曝に関してはそのときはあまり考えていませんでした。後で考えてみると,今まで30年以上散乱線被曝を受けているわけですが,その技師さんにすると,中村先生は今までずっと被曝を受けているのだから,さらにたくさん被曝するといけない,もうやめてくださいと循環器科の医師に言っていたわけです。それは実際どうでしょうか,つまり私自身は低線量被曝をずっと受けていますから,被曝が残るものとすればそれは危険なのですが,そんなことはないと思っています。むしろ耐性ができて,普通の人よりも急性被曝に強いんじゃないかと思えるところもあるわけです。そのへんは富樫先生どうですか。

富樫:今回,中村先生はずいぶんはっきりとそのへんのことを書かれていますが,これは非常に物議をかもす発言かもしれないですね。やはり低線量被曝,遷延被曝に関しては議論の分かれるところです。私自身,私が放射線生物学に興味を持った初めというのはそこなんですね。当時,どんどん放射線による傷が蓄積されていくということで,そうしますとわれわれが一生懸命仕事をすればするほど,がん潜在患者をつくることになりますね。もしそうだとしたら放射線診療,医療の進んでいるところほど,発がん率が有意に高くならなくてはいけない。ところがバックグラウンドが10倍のところを見ても,そういった疫学的なデータはないわけです。先生が書いておられるように,実は確率的影響にもしきい値があるのではないかと思います。

中村:今回,低線量被曝で,ある程度の線量以下では単純な蓄積計算は過大評価になってしまうとはっきりと富樫先生が書いておられますよね。

富樫:UNSCEAR 2000の報告書に,一定の低線量以下は修復機能が働いていると書かれています。最近の知見では,低線量ほど修復されないというデータも出ていますが,それは修復する必要がないからだと言う人もいます。ですから低線量に関してはもっと計測する必要があるのだと思います。


諸澄邦彦
諸澄:中村先生は実際に患者さんの立場からIVRのお話をされましたが,TAEのようにスケジュール的にIVRを施行する場合は前もって患者さんのインフォームド・コンセントをとれますが,急性心筋梗塞などでは,それは現場でどのようなかたちでなされるのでしょうか。臨床医の立場からご助言いただければと思います。

中村:そうですね,実際にはなかなか難しい問題をたくさん含んでいると思います。TAEなどですと簡単ですが,急性心筋梗塞でいきなりきて,バタバタしている現場ではそんな余裕はないですね。

諸澄:まして循環器の先生は,被曝についてのインフォームド・コンセントは行っていないですよね。

中村:今まではまったくないと思います。ただ時間の余裕のあるときには,やはりこれからは循環器の先生にも行っていただきたいと思います。

富樫:例えばその量がわからずに薬剤を投与しないのと同じように,EBMの時代,どれだけの放射線を投与したのかがわからないですませていい時代ではもうなくなっています。それをどの程度厳密にしなければいけないのかということはまた別問題として,何かの方法でどこかがやり始めなければいけないと思います。患者に投与した放射線量を,誰かがきちんと記述する,その精度は後でついてきていいと思います。

諸澄:まず記録するということですね。
 では次に術者被曝について,IVRの専門のお立場から中村先生お願いします。

中村:CT透視での術者被曝は今,実際に測定を始めています。これは非常に大きな問題で,被曝があるからやらないという施設もあります。ただ直接線のなかに手が入らないように器具が工夫されてきていますので,直接線を浴びるということはどんどん減ると思います。

富樫:そうですね。でもこれは相当意識しないと駄目ですね。私が現場で働いていたころ,麻酔科医と一緒に仕事をしていたのですが,腰椎穿刺をするときに,直接線に手が入っている。それでできるだけ絞るのですが,どうしても細かい操作をしようとすると入ってしまう。関心のあるところに近づいていってしまうというのは,人間の特性なので,そのあたりは意識して直接線に術者の手を入れないようにするということだと思います。これはよい医療とは矛盾していますが,だからこそ難しいところだと思っています。

諸澄:でも実際に測定してみると,その結果を見た医師に「こんなに被曝するのか」と注意を喚起することで教育的な効果はあるでしょうね。
 医療被曝も職業被曝も線量を正しく測定して,いろいろと方法を工夫することによって防護できるということですね。そこで気になるのがI.I.の劣化です。中村先生もお書きになっていましたが,I.I.が劣化してきて現場の技師が交換してほしいと言っても,X線の量がそれだけ増えている,あるいは透視時間が長くなるということがわかっていても,今の病院経営から考えるとなかなか交換できない。その点についてはどのようにお考えですか。

富樫:これはメーカーも,極力被曝線量を増やさないように,メカニカルな面でアイリスを広げるなり,感度を上げるなりして対処をしています。一方でそういうチェックもせず,線量が増えているということを知らない現場があるということは恐いですね。

諸澄:その意味では,線量測定を含めた装置管理ということに対して,病院機能評価機構のほうである程度の評価をしてもらうとか,医療安全という厚生労働省の施策のなかで,放射線機器のQC,QAについては保険点数が加算されるというような政策誘導がされるといいなという気がします。

中村:プロトコールをつくるということは,ひとつはそういう点もありまして,非常に劣化したものでやるとどのくらいになるかというのを,各施設でファントムを使ってある程度それをつくるのは可能ですね。それを技師さんも知っている,やる医師も知っているという状況がまずできる必要があります。

富樫:私は,やはり専門家,技術者として,どれだけの質の医療を提供するのかという意識が法律を動かしていくのだろうと思います。その線量を知らなくてもいいという発想があるから,数億の装置にほんの数十万の測定器がつかないという現実があるわけですよね。どうしても線量を知らなくてはいけないという専門家のニーズが優先されれば,装置の価格から見ればもう微々たるものです。ですからやはり専門家としての意識の問題だと,私はとらえています。

諸澄:そのとおりですね。
 では最後にひとつ,今できること,あるいはこれだけはまず始めましょうというご提案をいただければと思います。まず私からで恐縮ですが,現場の放射線技師としてはやはり自分の施設の線量測定をまずすべきだと思います。富樫先生がおっしゃったように厳密な測定でなくてもいい,自分の施設の持ちうるツールを使って透視線量,撮影線量をそれぞれのインチサイズについて押さえておけば,医療被曝は推測できますし,それぞれの位置で散乱線を測定しておけばその位置に立つ術者の被曝線量もわかりますから,これが術者,臨床医にも,また周辺の介助に入る看護師に対しても教育的なデータテイクになると思います。それをぜひ放射線技師にしてほしいですね。

中村:それをしていただいたうえで,ある程度の被曝がわかるとして,それで3Gy以上はカルテに書く,そして頻回のものは1Gy以上で書くということを,もうちょっとアピールしなければいけないですね。放射線医学会だけではなくて,循環器関係の学会でも,それをぜひ励行してほしいということを,なんらかのかたちで出そうと思っています。

富樫:私自身もやはり線量意識ということが根本だと思います。あまりにも装置が自動化されて,放射線が危険なものだという認識が薄れてきています。まさかこんなに浴びているとは思わないで医療を続けているわけですね。ですからその線量意識を,こういうかたちで測らなくてはいけないんだということではなくて,まず自分のところでやれる,ましてや計測器を使わない測定方法もコンピュータでできる時代ですから,自分の施設でできるやり方で自分の精度で,とにかく線量をなんらかのかたちで担保する。それがより安全な,より確実な放射線の利用につながるだろうと思います。



(医療科学通信2004年1号)
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