◆新 刊◆
「科学の方法」を語る
● 座 ● 談 ● 会 ●
【出席者】
九州保健福祉大学
福本 安甫,川北 一彦,山本 隆一,前田 和彦

(写真左から)前田,福本,川北,山本
 
前田:先生方にご協力いただきました「日本放射線技師会雑誌」への連載企画が,執筆項目の追加あるいは大幅な加筆・訂正を経て,このたび『科学の方法』と題する一冊の本にまとまりました。今日は,この本の意義,あるいはどのようにお読みいただきたいかということをお話しいただければと思います。本来なら,企画当初から編集に携わっていただきました足立明先生にもご出席いただきたかったのですが,ご事情で叶いませんのでメッセージをいただいております。


足立 明

足立:この『科学の方法』は,これから研究の世界に足を踏み入れようとする若い方,そして日常業務におけるさまざまな問題を解明されようとしている医療・福祉系の現職の方を対象に,まず序論として科学するとはどういうことかを福本先生に記していただき,次いで私が,論文を書くにあたって守るべき,ごく基本的なことをまとめました。そして,科学の方法論を個別の具体例で示していただきました。一口に科学と言っても,その分野は大変広く,とうてい少人数でカバーすることは不可能です。幸い,各分野で活躍されている多くの先生方のご協力をいただき,幅広く内容の濃いものが完成したと自画自賛しております。本書が,いささかでも科学研究の面白みを引き出す手がかりとなれば,望外の幸せです。

という内容です。それではまず,できあがったばかりの本書をご覧になったご感想を,一言ずついただければと思います。


福本 安甫
福本:きれいだなあ,というのが第一印象です(笑)。内容的には幅が広いこともあってやや雑多な感じがします。しかし,多くの専門家がそれぞれの立場での研究方法を紹介しているということで,お互いが見比べ合える点では面白い内容と言えるでしょう。

前田:分野ごとに異なった方法で取り組まれ,それぞれの方法論を示しているというのがいいのではないかと思うのですが。川北先生はいかがですか。

川北:私は非常に狭い範囲で書いていますので,これだけ広い内容になると,私の書いたものがどんな役割を果たすのかなという心配のほうが大きい。実は,この「科学の方法」という企画を呈示されたときに,とんでもないテーマをもらったなと思いました。私は物理屋ですが,物理で「科学の方法」あるいは「物理の方法」と言ったときに,一番たくさんそのへんを書いているのは,素粒子とか原子核の人たちですね。私たちのような物性の一部をやっている者は,「科学の方法」などとはあまり言いません。実験屋は代々引き継いできた徒弟制のような手法でやっていく場合が多いので,「科学の方法」ということを振りかざされると,困ったなというのが正直なところでした。それでどうしようかということで,私は自分が40年間やってきたこと,ほとんど電気抵抗にかかわることですが,それを中心にして書けば自分のもので書けると考えました。後から振り返ってみて,力学の方法や素粒子の方法といった広い範囲のものでやられたものと,私の非常に狭いところでやったものと,よくよく見ていくと似たような部分を持っているんですね。私は40年の間,最初のころは人の借り物で「科学の方法」の話をしていたのですが,後半になると自分が積み上げてきたもので話ができるようになったと思います。そういうことでまああまり外れてはいないかなと思っています。全体を見せてもらって,読む人が自分の必要なところをつまみ食いして読んでいけば,だんだんとつながってくるのではないかと感じています。

山本:私は専門の薬理学のアクチュアリティということで書かせていただきました。薬理学も,医療,保健科学という領域から見ると非常に狭い領域なので,どのくらいの方にお役に立てるのかということが多少心配なところです。ただやはり,今,川北先生が言われたように,それぞれの読者がつまみ食い的に利用していただければ価値が生まれるかなというように思います。

前田:私は学内の調整役だったものですから,先生方にいろいろご迷惑をおかけしました。先生方が言われたように,やはりこれは一冊すべてが読んだ人に役に立つというものではないと思います。ですが何か所か,必ずその人の興味を引くところ,しかも専門でないところで興味を引く部分があるんだろうと感じました。今,先生方のお話を聞いていて,学生時代の哲学の先生が「良書というものはすべてが役に立つのではなくて,そのなかでほんの一節であれ二節であれ,その後の人生なり勉学なりに役立つものがあれば,それは良書と言うんだ」と言われたことを,フッと思い出しました。そう考えれば,この『科学の方法』もひとつの良書になりうるのではないかと思います。やはり何か所かでも光るところや興味を持たれるところがあれば,それでこの本の意義は十分にあるだろうと思っております。
 それから,川北先生が,ご自身の書かれたものがどの程度役に立つのかわからないと言われたのですが,実はこの企画の連載が始まってすぐのころ,川北先生は2回目だったでしょうか,ある県の診療放射線技師,MRIなどの最先端の機器を使われている方から葉書をいただきまして,自分も科学をしているんだとすごくうれしくなったと書かれていました。その後,その方がまた葉書をくださって,今度は解剖学のところで目から鱗が落ちたとありました。読まれている方はやはり,必ずどこか引かれるところがあるようです。

福本:確かに僕もそう思います。それぞれの人にとって一番興味を引かれるところ,役に立つところというものが,多分,この本のなかにはあるのではないかと思います。そういう意味で,いろいろな領域の先生方に書いていただいて,立場や書き方そして視点の違いなどが一冊に紹介されているこの本は,学生なり研究者になっていこうという人たちの参考になるのではないかと思います。

山本:そうですね。本を買って読んでみて自分にインパクトがある場所はここだというような感じで,必ず誰にでもある意味ではお役に立てる本なのかなという気はします。

前田:では次に,これまでのお話と少し重複するところがあると思いますが,あえてもう一度,この本の意義と言いますか,見どころ,読みどころについて一言ずついただきたいと思います。


川北 一彦
川北:自分の書いたところを中心にして言いますと,私の内容には知識と技術との関係,そして必ず技術的な飛躍がないと新しい自然の発見がないということが述べられています。そのあたりが,おそらくどの領域を見ても出てくるのではないかと思います。ですから読む人がそういう読み方をしてくれれば,どこをやっている人もつながってくる部分があるだろうということがひとつです。
 それと具体的なレポートを書く場合のひとつの例として,料理用アルミ箔の電気抵抗の実験について記しましたが,それを処理していくなかでは,後に出てくる統計処理,データ処理の問題などもかかわってきます。今ではコンピュータにデータを入れればサッと処理してくれるのですが,あえて手作業でやる表を出してあります。今,便利になっているものですから,なかなか学生がもとに戻って統計処理をやるということは少なくなったと思うんですね。ですから,どうしてもそのへんの一番根っこみたいなところをちょっと書いてみました。それが,三宅先生が書かれているものとうまくつながってくれるといいなと思っています。

前田:ありがとうございました。では,山本先生。

山本:一番最初の福本先生の「序論」,格好いいですよね。気負っているわけでもなく,特にインパクトがあるなというのは,ボールドで書いてある「科学は興味と好奇心から」「科学とは事実をもとに未知を予測」「科学とは論理性と根拠づけ」,それから「科学することの大切さ」,これだけで買ってくれるのではないかという気がしています(笑)。「諸学のアクチュアリティ」のところは読者の専門によっていろいろな評価があると思うのですが,やはり福本先生がまとめられた「序論」,それと足立先生の「論文作法」はこの本の真髄だと思います。
 研究の道具としての方法論は,現在のように情報過多の時代になると,例えば統計処理などは今やプログラムがものすごいわけですから,どこをどう見ればいいのかだけ知っておけば,そこはもうブラックボックスでいいのではないかと思います。つまり,大事な部分とショートカットできる部分を峻別できるような読み方をしていただければうれしいなと思いますね。

川北:ここに書かれた,例えば帰納とか演繹ということも,ほとんど今,演繹的なところでみんな仕事をやっているわけですよね。


山本 隆一
山本:そうですね。足立先生がしっかり書かれています。内容的には皆さん方がバラバラに書かれているのですが,福本先生がうまくまとめてくださっているので,本としては統一されています。ですから,まず序論と第1部,第2部,ここをしっかり読んでいただいて,それから各論の自分に関係する部分にとんでいただきたいです。

前田:実際に,この本の企画の段階で,足立先生,福本先生,川北先生を口説けるかどうか,ということがありました。その3先生にそれぞれの部門をやっていただいたことで,この本がまず出発に漕ぎ着けたのだと思います。

福本:僕が書いているところは,内容的には日ごろ自分が考え,卒業研究の学生とか大学院生などに話していることなんですね。要は,あまり肩を張るなと,そして身近なところで疑問がたくさんあるだろうと,そういう疑問を解決してみよう,そういうところから始まって科学というものがなんとなく存在するんじゃないかということが僕のスタンスだったわけです。そういう気持ちで,むしろ気楽に読んでもらえると,かえっていいのかなと思いますね。

前田:僕としましてはやはり,たくさんの先生方に声をかけさせていただいて,引き受けていただいたことが見どころになるんだろうと,最終的には思っています。もちろん最初の序論から第2部までは必須的に読んでいただけるところだと思いますし,その後の「諸学のアクチュアリティ」は,どれだけいろいろな分野の先生に書いていただくかということで,若手の先生から大御所の先生までさまざまな方に頼んで,領域によっては大学の枠を越えて頼んだりしました。やはり,どれだけバラエティに富むかということがひとつの特徴だろうと思いましたので,そのことが2つ目の見どころになればいいなと思っております。
 では,本書をどのような人にどう読んでいただきたいかですが,まず現職の方々,タイトルにもありますように医療・福祉系の現職の方にも広く,このように利用していただけるのではないかというお話をお願いしたいと思います。

福本:例えば看護師や診療放射線技師など,あるいは作業療法士や理学療法士にしても,自分たちが研究して,自分たちが論文を書くということを,現職の人たちは慣れていないですよね。大学にいるからわれわれは慣れているだけで,現場だけの人にはなかなかそのへんが難しいと思います。やはり方法論がわからないんですね。先ほども言ったように,身近に疑問がたくさんある。でもその身近な疑問を解決する方法は一体どうすればいいのだろうとまず考えると思うんですね。そこで一番単純なのは,同じフィールドのいくつかの論文を読んでみて,こういうような方法がいいんだとか,このように書けばいいんだということはわかると思います。ですが先ほどの統計処理にしてもそうですが,じゃあ統計にかけるのはどういうものをどのようにかけて,その結果をどう解釈するのかという部分になってくると,やはり慣れていないとできないですし,学んでいないとできないという部分があると思います。ですからそういう意味では,自分が何かピンとくるような方法をこの本のなかに探すことができれば,じゃあやってみようかということにつながってくるような気がしますね。それは薬理学であろうが,はるか遠いフィールドの人が書いたものであろうと,やはりそれは自分の方法をつくり上げるために,ひとつの参考意見として知る,そういうことが重要なのではないかという気がします。

川北:何か人のやったものを見て,それも同じ領域よりも少し離れたところを見ると,ちょっと違った発想が出てくることもあるのではないかと思います。それがヒントになって新しいことがやれるとか。


前田 和彦
前田:例えばこれが一冊,薬理学や法学,物理学の本であったら,専門外の人はちょっと手が出せないような気がします。でも1章で10ページ足らずのものであれば,これはちょっと読んでみようかなという気になると思うんですね。それと一冊にたくさん入っているので,あちこちを読む気になるわけです。ですからおそらくこういう手法の本というのは今までなかったので,ちょっとかじってみたいときに,専門書一冊は荷が重いですがもともと初学者の人が読めるようなかたちにある程度意識されて書かれた本ですから,自分にまったく関係がない分野であっても,手が出せる気がするところがすごくいいなと思います。ですから学生でなくても専門職の人たちが,全然関係のないところでも手を出したくなるようなところがあるんだろうと思いました。そして,最後の章が柔道整復学で,これは初めてだと思うんですね,柔道整復師がつくった本ではないのに,柔道整復学と出てくるのは。こういうところというのはすごく意義があって,いろいろな方にぜひ読んでもらいたいところでもあります。
 柔道整復学をはじめとしていくつかの学はそうですが,薬理学や法学,物理学などと違って,完成された学問領域ではないわけです。これからその学問領域を確立していこうという段階ですから,他の領域の方法論というのは参考にされるのではないかと思います。そういう意味でも,現職の方々にも興味を持っていただけるかなと,まあ自画自賛ですが。

福本:そうですね,この本は自分たちの固有の方法論を持っていない方たちも含めて,これから本当に少し考えてみようとか,もうちょっと本格的にやってみようとか,そういうような人たちにひとつの指針を与える本ではないかと思います。

前田:ありがとうございました。では次は,学生の授業ではこう使えるんじゃないかということについてお示しいただけますか。

福本:まず,卒業研究などの場合に,学生に,これから君らがやることは何なのかということをこれを読んで考えなさい,などと提示するということは可能だと思います。もうひとつは,本学の保健福祉研究科の大学院というのは,通信制なので現職者ばかりなんですね。僕のところに来ている学生は,理学療法士や作業療法士といった人たちなので,彼らは本当に勉強したいわけです。ただその方法がわからない。それで大学に来て,その方法を勉強したいということなので,サブテキストとして読ませることは,意味があるのではないかという気がします。

前田:僕が昨年まで属していた社会福祉学部の基礎ゼミなどは,持ち回り的にいろいろな先生にお話をしてもらっていますから,こういうものをテキストにして話を進めることもできるのではないかと思っていたのですが。あるいは福本先生が言われたように,副読本としてであればどの学生が読んでも役に立つであろうし,いろいろなところで活用してもらえるのではないかと思いますね。

福本:専門学校などもいいかもしれないですね。

山本:そうですね。
 とにかく序論,第1部,第2部は非常にオールマイティですので,基本的な考え方というものをしっかりまず身につけていただいて,それから個別の方法論のところは,おそらくこれから科学しようという多くの方々にとって,それぞれのフィールドで役立つのではなかろうかと,期待するような気持ちです。

川北:多分,そのへんは私も重なるところがあると思っていますが,物理など先端のところになってきますと,自分で今から新しいものを何か考えるなど,とてもじゃないですがそれでは追いつかないので,かなり流れのなかに乗っていないと仕事ができない部分があります。ところが今お話があったように,これを読む人のなかには,まだ手探りで今から自分のものをつくっていく領域の人があるようです。そうした人が読めば,また何かのヒントになるのではないかと思います。

山本:ある程度大学にいて,歳をとってくるとそれなりに論文が書けるようにはなってくるというのが普通です。ではどうやって書けるようになってきたかというと,一番最初の論文は何度も何度も教授に赤で直されて,結果的には一番最初のひどいものは自分で書いたわけですが,後の仕上げの部分は全部,教授がやっている。ですから実は一番大事なのは,まさに福本先生が言われる「科学する心」で,疑問点を明確にしそれをどのように解決していくかといったポリシーを意識していただくことだと思っています。そういう意味で,若いときにこういった本を読んで,アプローチや構成の方法などを学ぶことは非常に大事なことではないかと思います。メソドロジーとして役立つのではないかと感じていただければ,この本としては十分価値があり,私どもとしてもうれしいことではないかと思います。

前田:この本は,指針を与えてくれることはあっても否定されることはないと思うんですね。こう書くんだということは教えてくれますが,それはダメ,これはダメとは言いませんので,いろいろな広がりを見せるのではないかと思います。

山本:さらにこの本は,初学者ばかりでなく,研究はもう抜群にできる,テクニックもすばらしい,データの読みもすばらしい,でも論文を書けと言うと書けない人たちにも役立つと思います。論文を書く能力と実験をする能力というのは違うんですよ。そういった意味においてはこの本というのは,決して初心者だけではなくて,最先端の研究をやっておられる方でも,「ああ,こういうふうに書かないといけないのか」といったことのアイデアと言いますか,インプレッションを与えてくれるのではないかと思います。

福本:そうですね。序論など書かせていただいて,本当にありがとうございました。役に立てればうれしいなと思っています。これが多分,今まで先生方がお話されたように,これからやっていこうという学生,研究者,そういった人たちによい指針を与えてくれる本になるだろうと思います。また,こういうスタイルの本は今まで私も見たことがないし,そういう意味では非常に意味のある本になったのではないかと思っています。大いに活用されることを期待しております。どうもありがとうございました。

前田:ありがとうございました。
 
(医療科学通信2003年4号)
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