【レポート】
電子カルテの稼働施設を訪ねて
昭和大学横浜市北部病院



昭和大学横浜市北部病院は横浜市の中枢病院のひとつとして,2001年4月に開院した。病床数653床で1日の平均外来患者数は1050人,入院が541人,1日の放射線部での検査数は362件(2003年7月の同院診療統計)



サーバーの前でデータの流れを説明する櫛橋民生教授
 電子カルテの目的はいろいろ言われているが,2001年12月に厚労省が公表した「保健医療分野における情報化にむけてのグランドデザイン」でも指摘されているように,医療の透明性の確保,医療の質の向上,医療の効率化あたりは異論のないところであろう。では,それがどのようなものであるかを具体的に示すとなると,とてつもなく膨大な答えが出てくる。
 昭和大学横浜市北部病院放射線科の櫛橋民生教授は,電子カルテを導入するにあたって「患者さんが来院したら,その日のうちにMRやCTを含めた検査を受け,結果を聞いて帰っていただくこと」を目標として掲げたと言う。これは,放射線科にとってひとつの答えを示しているのではないだろうか。放射線科で検査を行うケースを考えてみると,来院し検査の予約を入れて,何日か後に検査のために来院,それから数日後に検査結果を聞くために来院と3回病院に来る,これで1週間〜2週間かかることもめずらしくない。ところが同院では,CTやMRの検査があっても患者さんは来院したその日のうちに結果を聞いて帰ることができると言う。これを聞いたとき直感的に思ったことは,1日の外来が1000人前後の施設でこれを実現するためには,完全フィルムレス,完全ペーパーレスの電子カルテが稼働していなければ難しいのではないだろうかというものであった。
 現在同院では,CTの検査にかかる時間が平均40分,その画像を読影室でレポートを作成して依頼医に返すまで平均20分(CRの場合は10数分)で,CTを受けた患者さんの約6割がその日のうちに検査結果を聞いて帰っている。その一連の流れを櫛橋教授に案内していただいた。
 まず,依頼医が電子カルテに検査オーダーを入力すると,放射線科にある端末に送られてくる。難しいと言われている核医学も含めて,すべてがこのオーダリングで送られてくる。例えば,撮影室前のモニタに胸部2方向というオーダーが表示されたとする。これに対して正面像と側面像というように細分化した実施記録を返すと,その時点で会計が発生するようになっている。
 完全フィルムレス,ペーパーレスでは,フィルムなど物の移動がなくなるために,患者さんがどこにいるか,どういう状態にあるかを把握することが重要になる。すべての端末では,オーダーしただけ,撮影しただけ,結果が戻ったとか,進捗状況が2分更新でわかるようになっている。
 撮影の終わった画像は,この施設が独自に考案した「検像システム(inspection system)」で,チェックを受けた後,読影に回される。


検像システム。濃度調整やオーダーとの整合性などを放射線技師がチェックしている。
 読影は6面の高精細モニタで行われる。読影医の左側の液晶モニタには撮影を終えた画像のリストが表示される。その一つをクリックすると,撮影されたばかりの画像が表示される。過去画像があれば比較のために呼び出される。即時読影に対応するため,3種類のレポート作成方法が用意されている。正常例などではキーボード入力(マウスで定型文を選ぶという感じ),異常像は連続会話認識システム「AmiVoice」で入力,長いレポートは音声をデジタル化してトランスクライバーに回す。
 教授によると「放射線科にとっての電子カルテの利点は,端末がたくさんあることと,質の良い画像とレポートを短時間で依頼医に返せること」であると言う。

6面の高精細モニタで読影を行っている。多いときは1日100件くらい読むこともある。画像の呼び出しから音声入力システム(AmiVoice)を使ったレポート作成まで,瞬く間という感じで行われた。
 端末がたくさんあるということは,患者情報のすべてが見られるということである。場合によっては画像診断でそのまま確定診断に至ることがある。検査の直前にクレアチン値や薬の既往歴などの情報も見られるため,造影剤による事故を未然に防ぐこともできる。また,依頼医がレポート内容や画像について院内PHSで問い合わせてくると,放射線科医はすぐに同じ画像を呼び出してコンサルティングすることもできる。「これは1日10件前後あります」。
 短時間にレポートを返すために即時読影を行っているが,その利点は大きい。CTなどは,通常は最低限度必要な横断像だけでまず診断を行い,読影医が必要だと判断したときにその場で3DやMIPSを追加する。また,午後3時になると翌日の検査一覧が読影室のモニタに映し出される。そこで,放射線科医が種々のプロトコールを出すこともできる。例えば造影CTでは,造影剤量,注入速度,スライス厚など,幾種類ものプロトコールが決められており,放射線技師と看護師はこれを見ながら検査を進めることができるようになっている。心カテ,MR,MDCTについてもすべて画像枚数が増えないよう放射線科医がコントロールしている。
 そうしてできあがったレポートにはキーとなる画像(JPEG)をつけて送り返しているが,「これだけで十分だと言う依頼医が増えてきています」。これは依頼医が専用のソフト(DICOMビューワ)を立ち上げて高精細画像を読まないでもすむということを意味する。

櫛橋民生教授
 オーダーからレポート作成まで,きめ細かにマネジメントされていることがよくわかる。その裏には電子カルテの開発とさらに2年半の運用という蓄積を感じる。
 同院のシステムを大雑把に分けると,放射線科の画像にかかわる部分は横河電機,電子カルテを富士通がつくっている。マルチベンダーということになる。ベンダーにはそれぞれ得意分野があるので,本来は大手からベンチャーまでが参入できるオープンな電子カルテが望ましい。同院の電子カルテシステムの運用例を見ていると,技術的な制約を気にするより,まずベンダーに対して明確な目標を示すこと,何をしたいかを明確に伝えることの重要性がよくわかる。また,このあたりが電子カルテを使いこなすか使われるかの分かれ目であるような気がする。
 櫛橋教授が今危惧しているのは,「電子カルテの設置施設が増えるに従って技術者不足が深刻になっていること」だと言う。「ユーザーが目標を持っていないと,結局は使いこなせないのではないかということです。(電子カルテの導入は)ユーザーサイドの使い勝手のよさで考えても,ベンダーサイドの技術で考えてもうまくいきません。この施設の電子カルテが大きなトラブルなしに2年半動いているのは,最初に患者さんのためになるシステムを考えたからだと思います」。この問題は,IHE-Jがわかりやすい業務フローを提示しても,厚労省が唱道している「標準的電子カルテ」に基づいた製品が提供されても残るような気がする。
 教授は最後に「私も,最初はフィルム人間だったんですが,もう戻れません。うまく利用すれば,こんな面白いシステムはない」と力強く語った。教授にとって電子カルテはまだまだ発展途上の道具のようだ。今後の展開を注目したい。
(編集部)
 
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