書 評

医療の大義に生きる
─中村實自撰論説集─
中村 實:著
本体3,500円

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[評者]藤間 英雄(社団法人埼玉県放射線技師会会長)

 本書を手にしたとき,著者のどこにこんなパワーが残っていたのかと驚嘆した。また,歴史のまっただなかにあった人の文章の迫力にただただ圧倒された。著者は日本放射線技師会の会長職を精も根も尽き果てて退き,技師会のことは思い出したくもないという心境だろうと思っていた自分自身の浅はかさを恥じ入った。
 本書は,中村實博士の過去9冊の本のなかから論説を精選したものに,新たに対談を追加したものである。私も長く直接ご指導いただいた経緯から,改めて読み直してみて,正直,内容がいささかも陳腐化していない,いや,むしろ新しいという感慨を持つ。それは残された諸問題がまだまだ山積しているという現実があるからだろう。
 著者の35年に及ぶ指導者としての理念は,究極の目的としての診療放射線技師法の抜本改正にほかならない。昭和43年に会長職に就いたとき,この職業団体を「なんだこの会は」と嘆かせ,その後の「俺がこの浮かばれない連中をなんとかしなければ」の一念が,走り続けたエネルギーだったに違いない。  その後の著者の活動は,私自身のエックス線技師,放射線技師,技師会役員としての人生と重なるので,本書の1ページ1ページ,その行間に込めた思いまでが胸に迫ってくるのである。それこそ私にとっては,中村大学の講義録を今,改めてひもとく瞬間でもあった。現実には技師法の抜本改正には至らず,著者の会長としてのエネルギーが尽きたのかと思っていたが,著者は会員自身が「もうどうでもいいよ」という気分になり法改正という本丸攻めを忘れてしまったと断じている。著者の言うとおり技師法改正は遠のいてしまったのだろうか。われわれは今偉大な指導者を失い,一人ひとりが大きな責任を負わされたことになったが,この答えはいずれ出るだろう。私自身,法改正という究極の目的を果たさなければ,今までの苦労はなんだったのかという思いと,放射線技師としての一生に悔いが残る。今後はひとりの指導者に頼るのではなく,会員それぞれのエネルギーの結集以外に目的達成の道はないが,われわれを奮起させる起爆剤としての力が本書にはある。聖書が冒険児イエスの物語であるとすれば,本書は冒険家「中村實」の物語であり,われわれ放射線技師のバイブルである。
 著者のもとを離れて以来,久しぶりに一喝食らったような読後感があった。
 本書の発刊にご尽力された大先輩の江間忠氏に深甚の感謝を申し上げる。
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