医療情報電子化の先に
 ここのところ取材先の学会では必ずといっていいほど電子カルテの話題が取り上げられている。電子カルテを導入した施設からは実際の業務に使えるとの報告がなされているし,厚生労働省の掲げる目標(平成18年度末までに400床以上の医療施設の6割以上に電子カルテの普及を図る)も導入に向けて弾みをつけている。電子カルテを導入するということは,オーダリングシステムやPACS,医事会計システムなど今まで別個に電子化されてきた医療情報をすべて統合するということになる。このあたりのことについて,いくつかのシンポやディスカッションを見て回って感じたこと,思ったことを書いてみたい。
 最近,医療を提供する側である医師会などから「医療は社会的共通資本である」との主張がなされている。この考え方は今のところ国民が熱狂的に支持するような状況ではないのだが,その大きな原因のひとつが情報の非対称性である。もうひとつの原因に負担増の問題があるが,これについてはいずれ改めて取り上げたい。いずれにせよ,医療が社会的共通資本であるという認識をある程度国民に認めてもらうためには,まずこの情報の非対称性を解消しなければならない。そのためには患者がある程度医学について勉強することも必要となるが,それと同時に医療を提供する側が患者の知りたい情報は原則として公開するという姿勢を見せなければならない。その情報のなかには最低限,自分がどのような医療を受けているのか,医療者が提供できる医療の質,水準とはどのようなものなのかについて,患者が直接あるいは間接的に知る手段が確保されているべきであろう。
 乱暴な言い方をすれば,医療の透明性=情報公開が確保できれば,インフォームド・コンセント,事故防止,病診連携,症例データベースなど,今話題となっている問題はその解決へと限りなく近づく。疾患別の5年生存率の全数調査や医療者が類似症例を瞬時に参照できるEBMデータベースも難しい話ではなくなる。電子カルテをはじめとする医療情報の電子化の普及がその動きに拍車をかけることは間違いない。しかし,その前にまず各施設においてすべての医療従事者が医療情報を使えるようなシステムを構築しておかなければならない。それを技術的に実現するために,DICOMやHL7などの規格の標準化が進められているのだが,標準化が進んでいると言われている放射線部門においてすら独自タグの追加使用やデータのアプリケーション化などにより,真にシームレスな情報交換が実現できているとは言いがたい状況にある。医療データを共有するためにはこれら標準化の考え方をさらに一歩進めて,電子カルテの場合はテキストデータを自動作成するとか,画像診断機器は静止画像をJPEG,動画像をMPEGに変換するなど,OSやアプリケーションに依存しなくもてすむようなデータを取り出す手段をベンダー側で提供すべきであろう。PACSにせよ,電子カルテにせよ,部門システムにせよ医療情報を患者のために有効利用することが最終目標である。将来的なことを考えるとデータはやはり最も基本的なファイル形式であるTXT,JPEG,MPEGに落とし込み,これをサーバーにため,各端末PCからのどのような参照要求にも応えられるようにすべきである。これにより,電子カルテはパッケージソフトとして安価に購入することができるようになる。また,施設によってカスタマイズの必要があるにしても,そのためのコストは格段に減少するはずである。現状のようにデータの互換性に問題を残したままでは電子カルテを単独開発しなければならず,そのコスト増に耐えられないという施設はいつまで経っても電子化に踏み切れず,結果医療情報の電子化によるメリットを受けることもできなくなる。これは,技術的・経済的な問題ではなく,医療施設に,医療情報の共有化という意識があるかどうかである。
 一方,このデータを外部に送り出すとなるとセキュリティが問題になる。現段階でも介護施設を併設している医療施設の電子カルテでは福祉関連の情報を組み込んでいる。今後,医療と福祉はその連携を深めていくことは間違いなく,それはまた電子化された情報のやりとりが増大することを意味する。そこで,ますますセキュリティがクローズアップされることになるが,技術的にはIDやパスワード,データの二重化などでかなり安全性を高めることができる。データの流出はハッカーがこれらの技術的な弱点をついて侵入してくるよりも,実は内部で情報を扱う人間が持ち出すケースのほうが圧倒的に多い。セキュリティを実効あるものとするには,最終的には情報を扱うものの意識にかかっている。
 電子カルテはいずれ普及するだろう。それによって「医療の効率化」が期待できるとする考え方があるが,電子化そのものによって実現できる効率化が導入コストに見合うものかどうかについては疑問視されている。効率化とは本来マネジメントによって解決を図るべき問題であって,医療情報の電子化の先にある目標ではない。国民皆保険制度を続けるかぎり,医療はいずれ国民の負担増を仰がなければならない。そのときに,国民が医療を社会的共通資本として認めているようになればかなりの負担増を求めることもできる。効率的な経営を行っているかどうかも問題のひとつにはなるだろうが,それよりも医療の透明性=情報公開が確保されているかどうかのほうが問われるだろう。
(編集部)
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