インタビュー・著者に聞く
橋本 廸生(横浜市立大学医学部教授)
著書 『リスクマネジメント』(2002年10月刊)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――このたびは医療科学新書『リスクマネジメント』第二章のご執筆お疲れさまでした。ご多忙のなか,それこそ講義や病院の安全管理指導,ご講演の合間をぬうようにしてお書きいただいたわけですのでご満足のいかれない箇所もあるかと思いますが,他の先生方のお書きになった章,特に診療放射線技師3人によるリスクマネジメントの実践例を,改めてお読みいただいていかがでしたか。
橋本:取り組みについてはある程度知っていた内容が書かれていますので,それを確認させていただいたというところです。そして,このように書ける現場の実力に感心しました。そこまで進んでいないと思っておられる病院もこれを読んでいただいて,解決方法や仕組みのひとつのモデルとして考えていただければいいのかなと思います。よく,現場が違うから,病院が違うから,あそこは恵まれているからという議論が放射線部門に限らずありますね。それをすべて否定することはできないと思いますが,そこで止まってしまうと何も進んでいきません。ですから,そのうちの何が取り入れられるかということをぜひ考えていただきたいですね。
 第三章は特に放射線部門を中心に書かれていますが,2002年10月から病院および有床診療所に安全管理体制の整備が義務化されたということもありますので,他の部門の人たちにもぜひ参考にしていただきたいし,それだけの内容があると思います。
――ぜひ,いろいろな職種の方にお読みいただきたいと思います。
 ところで,先生のお書きになったなかに「クリニカル・ガヴァナンス」という言葉が出てきます。本書のなかでも解説されていますが,やはりいまひとつなじみがありませんし,放射線技師をはじめコ・メディカルにとっては,医師を頂点としてその下にコ・メディカルスタッフ,そして一番下に患者やその家族をおいた階層構造として見立てる過去の医療構造,悪しきものとして言われてきたパターナリズムとどう違うのだろうかという疑問もあるようです。そのあたりも含めて,改めてご説明いただけますか。
橋本:まず,クリニカル・ガヴァナンスという言葉はどういうレベルで使うかというと,組織の言葉として僕は使いたいんですよ。病院という組織でもいいし,それからもっと大きく考えると国でもいいと思うんですね。一方で,パターナリズムもそういうレベルで使うこともできますが,医療者と患者さんの関係のなかで,患者さんは医療の内容については知らなくても医療者は患者さんにとって一番いいことをしますよというルールであると,僕はとらえています。だから,患者さんは何も知らなくてもすべて医者に任せなさいということになるわけです。クリニカル・ガヴァナンスというのは必ずしもそうではなく,患者さんとの直接的な関係のところでは使わないかもしれません。
 パターナリズムには権威主義的な側面があるかもしれませんが,クリニカル・ガヴァナンスはチーム医療を前提としていますので,患者さんにとって一番いい方法は何かということを目的にそれぞれがどういうふうに力を出し合うかということを組織として担保する,そういうルールづくりをしましょうというものです。インフォームド・コンセントを病院全体としてどういうふうにとりましょうというのも,クリニカル・ガヴァナンスのなかに入っていると思うんです。したがって,パターナリズムが起こらないような,パターナリズムで医療をしていかないようなやり方を個々の医師,あるいは医療者に任せるのではなくて,病院全体としてその質を担保しましょうということなんです。
 今まで患者さん中心の医療というのは個人の医師のレベルでしか語られなかったのですが,そうではなくてもっと組織的レベルで考えるべきだというのがクリニカル・ガヴァナンスなんです。クリニカル・ガヴァナンスというのは病院のなかでそれをもっとシステムとして考え,組織として共有していきましょうということです。
――今おっしゃったようにクリニカル・ガヴァナンスをとらえますと,コ・メディカルももっと自律して病院組織のシステムにかかわっていきましょうと言っていいですね。
橋本:もちろんです。そもそも,病院という組織が専門家の集合で,そのサービスというのは,医師がするサービス,看護師がするサービス,放射線技師がするサービスとそれぞれがしているけれども,患者さんにとってみれば病院という一体としてのサービスではないですか。病院側としても一体のサービスではないですか。専門家が働いて,協同してひとつのサービスを提供しているわけですから,その品質が保たれるためには,当然関与する人たちはガヴァナンスされるべきでしょう。でもそれは,自分たちが自分たちで統治していくということで,それが専門家だと思うんですね。そこには当然専門家としての基盤となる科学性とか自律性というものが要求されるのではないでしょうか。だからそのためにも勉強しなければいけないと思います。
 医療職には,高い専門性と高い倫理性が要求されていますが,それを守るのが身分制度でしょう。身分制度というのは人を守ったり職種を守ったりするのではなくて,社会としてその業種にかかわる専門性と倫理性を要求していて,そのことの証としての資格でしょう。
――そうですね。この本の最後の章でも,医事法がご専門の前田先生が,法律による資格制度が倫理性や専門性を要求することによってリスクマネジメントを実現しているのだと書かれています。
橋本:専門家として,病院のチームの一員として患者さんのために何をするべきかと考えるべきでしょう。だから,例えば多職種によるカンファレンスというものを重要視しているわけです。リスクマネジメントの会議というのはひとつの職種だけで完結させてはダメで,いくつかの職種の人が入ってきて,違う立場から,違うものの見方から同じことをめぐって議論をすることが必要です。
――この本を読まれた何人かの放射線技師さんとお話ししたのですが,皆さん,まだ「リスクマネジメント」そのものが緒についたばかりかもしれないけれど,経営的な面も含めてもっとトータルなマネジメントを志向していかなければならないのではという感想をもらされていました。先生は病院管理学がご専門ですが,その視点から,これからコ・メディカルスタッフはトータルマネジメントあるいは病院管理という方向にどのようにかかわっていけばいいでしょうか。
橋本:僕はもともと安全のことだけやっても意味がないと言っているし,安全の個別の行為というのは,それはあり得ますけれども,そこだけで完結してあるのではなく,すべて質とかかわってくると考えています。そういう観点から見ていくということだと思いますけれども。もうひとつは,安全の問題というのは,それに関与している人を必ずしも精神的には高揚する材料ではないですね。だからそういう面からも,もっと前向きに医療の質の向上を指向するトータルクオリティマネジメントというものを意識していただきたいですね。
 それから,コ・メディカルの人たちが自分の分担している職能だけを個々に領域をはっきり決めてしまい,そこだけを見ているのをそろそろやめたらとも感じています。もう少し病院のシステム全体を見てくださいということです。

  

 元東大教授で,失敗学というものを提唱した畑村洋太郎さんは,組織が未熟なうちは上の図の左のようにお互いに線が引けないが,組織が成熟してくると真んなかの図のように隙間ができてしまってそこに失敗が起こると言っています。線を引くというのは専門性を確立するのに必要なんだけれど,僕は,もう少し拡張して右の図の点線の領域までものを考えられるようにすればリスクを減らせると考えています。自らの領域をわかったうえで意識的に拡張して考えたらいいのではないかということです。「隣の三尺」という含蓄のある言葉があるじゃないですか。
――トータルマネジメントということで,今技師さんたちは医療経営の勉強会を立ち上げたりしているようです。そうした活動についてはいかがですか。
橋本:いいんじゃないですか。それだって,放射線のところが経営の層まで絡んでいるということです。下の図で言うと,放射線部門の人たちは「質」のところに位置すると考えられますが,それが「安定的な経営基盤」のところに浸潤してきているということですね。放射線技師がX線写真の写りがどうという話だけではなく,経営的にはどうか,撮影するときの患者さんの身体上の問題などというところまで,関心の領域をひろげてきたということではないでしょうか。


――図の境界線が融合していくような形になるわけですね。そうしますと,次はコ・メディカルのための「病院管理学」をテーマにした本がお書きになれそうですね。きょうはお忙しいなか,ほんとうにありがとうございました。

↑このページの先頭へ