● 座談会 ●
超実践マニュアル 医療情報』発刊記念座談会
医療情報はみんなが当事者
 
出席者(発言順):
船橋 正夫(大阪府立急性期総合医療センター)
井田 義宏(藤田保健衛生大学病院)
奥田 保男(岡崎市民病院)
田中 雅人(株式会社システムエッジ)
中元 雅江(岡崎市民病院)
林  哲也(岡崎市民病院)
2007年11月30日 於:名古屋



船橋 正夫氏
――超実践マニュアルシリーズはMRI、CT、RIと刊行してまいりましたが、第4弾として、『超実践マニュアル 医療情報』が出ました。本日は編集と著者の先生方に、この本のポイントを語っていただきながら、バージョンアップ情報を盛り込んだ座談会を催したいと思います。まずシリーズ監修の船橋さんからお願いします。

■ フィールドにいる人の汗と生の声
船橋正夫:この超実践マニュアルシリーズは、始めは「初心者向けの本、できませんか」というお話から、VERSUSという研究会が中心になって議論を重ねて各分野のシリーズ本ができ始めたんです。そうして「本って作れるんや」ということを実感して、その途端に出たのが「じゃあ、医療情報を作ろう」みたいな(笑)。井田さんが「それ、行こう!」という話になって、僕たちみんな「今、いるよね」って。日本中の大きな病院から小さな施設まで、これから雪崩れを打って突入するIT時代を考えたら、何かどこかにリアルな本がほしいと思ったわけです。

井田義宏:現場には絶対にこういう本がないといけないと強く感じていました。僕の施設が数年前に電子カルテを新規導入したとき、親しい部下がシステム担当になったので、メーカーや各医療職とのやりとりを聞いていました。そんな中で「メーカーの人がわかってくれない」とか「医師が何もしてくれない」という“くれない症候群”があらゆる部署から出てきたんです。しかし、それは自分たちが伝える努力をしていなかったということなのではないか、各職種のことをお互いに理解していなかったり、それを明確に仕様に書けるような書き方を知らないからじゃないかと、そういうモヤモヤした思いを自分の中に持っていたので、この企画が出てたときに「ああ、これだ!」と思いました。



奥田 保男氏
奥田保男:『超実践マニュアル 医療情報』のお話をいただいたときに、まず最初に言われたのは「フィールドにいる人にとってわかりやすい本をつくってほしい」ということでした。よくある医療情報の本というと、壇上から教えるスタイルの教科書的な硬い本が多かったわけです。この本では、フィールドにいる人間がどんな汗を流してこういうことをやっていったか、こういったことに気をつけろという生の声、そういう現場をいかに文字に落としていくかというような作業でした。その結果、岡崎市民病院でシステムを立ち上げたときに使った資料とか、困った内容というものがダイレクトに本の中に収まっています。
 チャンピオンリーダー会というものを作りました。これは医師の中の組織をいかにまとめて、システムをいかにスムーズに作っていくかという組織論だったのですが、そういったところを中心に、人をいかに作るかというところから始まって、ハード面のシステムをつくるということ。ですから人をつなぐということと、システムをつなぐということを本の中に盛り込みながら作ってきました。そういった趣旨で、では要求仕様書はどうやって書くかということを書いていったつもりでいます。先ほども言いましたように現場の声が本になっていますから、まさにマニュアルであってテキストではないというものを作り上げたかなと思っています。

■ ユーザー、ベンダにとっての“宝の山”
田中雅人:僕自身も何か形に残していかないとまずいなと思っていました。それがこのようなかたちに残せたのでよかったです。今振り返ってみると、本音が書けていますから、読み方によってはユーザー側もベンダ側にとっても宝の山になるはずです。医療情報は、本にも書いているように「重要情報は非重要情報、非重要情報が重要情報」ですから。この本はその塊なんです。業務の見直しがすごくクリアにできる機会でもあるので、そのきっかけにしてほしいですね。



中元 雅江氏
中元雅江:振り返ってみると、自分が苦労したスケジュールのことだとか、どうやってわからない人たちに教えていったらいいのかというところを、そのままダイレクトに文字に起こしていけたので、それはそのまま他の病院の人たちにも使ってもらえるのかなとは思っています。
 私は看護師ですが、看護職って一番の大所帯なので教育スケジュールを組むのが本当に大変でした。もちろん、システムづくりのスケジュール管理も大変ですが。勤務表が出る何か月前までにスケジュールを提出しないとOKが出なくて組めないとか。教育といっても、どうやって教えていくかということは部門指導員という看護局の中からキーマンになるような人を選出して、その人を中心に教育していったという経緯があります。それもそのまま本に載せてあるので、これを参考にして、運用とか教育をしていただければうまく教育ができるのではないかと。
 それと、システムはできあがったら終わりということではなく、そこから使っていかなければいけないので、フォローがとても大変です。そのあとが運用で、どう使っていくか、どういうところに注意しなければいけないか、それでまた悪いところがあったらフロアのみんなから意見をもらって直していくということをしていかなければいけない。システムができあがったら終わりではなくて、そのあとがとても大変だということがわかりました。

林哲也:今回、原稿を書くにあたって、自分はインフラなどを担当したのですが、最初一番困ったのは、新規のシステムなのでドキュメントがないということでした。ネットワークを組むときに行う現状調査はすごく苦労しました。それで、次のシステムのためにもやはり有用な資料を作らなければいけないという意味でドキュメントづくりは重要ですし、あとは保守管理する上で自分の蓄えた経験をある程度やはりデータベース化して、次に残す必要があるかなと思います。今回の原稿ではそういったところを書いたのですが、やはり経験から重要なのはドキュメントですね。
 セキュリティなど技術的なところは、ある程度プロの意見をもらえばいいのですが、自分の経験、たとえば、パソコンの故障といってもどんな面が多いかとか、プリンタを普通に使っていてもこの機種はこういうところが壊れやすいという経験的なものがありますから、そういった蓄積が必要かなと思いました。おそらく、病院によっても保守する範囲なども違うと思いますが、なるべく全般的、一般的にこういうところを注意してもらいたいなというところをポイントに書きました。



井田 義宏氏
■ 困っているポイントをリアルに抽出
井田:執筆段階でもいろいろ意見があったのですが、困っているところのポイントをできるだけリアルに出してほしいとお願いしました。この本の中にはこれから立ち上げる人の悩みを解決する方策がたくさん詰め込まれていると考えています。皆さんがこれからやるときにテキストを買われると思いますが、テキストに書いていないコツとか、どういう能力の人が必要かとか、どういう進め方をしなければいけないかということがさまざま織り込まれているので、他にはないマニュアルになっていると思います。

船橋:医療情報やネットワークに接して最初に思ったのは「わけがわからん、困った」ですね。MACアドレスって何? IPアドレスと何が違うのみたいなことから始まって、「ピング通しましたから大丈夫ですよ」と言われて、「ピングってなんやねん」みたいなことをいちいち聞くわけです。それは、ゆったり時間が流れているときには、エンジニアに聞いて習うことが可能ですが、実際に計画がどんどん動き始めたとき個々人が個別の局面でいちいち口出しをする。どれぐらい知りたいかも明確でない人が興味本位に突付くわけです。で、突付かれたほうはユーザーが聞いてくるから一生懸命答えようとして、意味無く時間を浪費して結局ろくなことにならない。そういう状態ですから、まず「大きな概念を誰か教えてくれ。もうそれさえわかったらいいってこと」みたいな感じでした。そこで、リアルでわかりやすい入門書が必要だろうと思いました。

井田:僕なんかもそうですが、臨床でパソコンを普通に使いますよね。そうするとネットワークというよりパソコンのお化けのような感覚で突付きにいきます。なんでこんなことができないの、なんでこれが実現できないのと言います。それにはちゃんとした理由があったのですが、それを知らないうちだと批判だけになってしまいます。それを明確に知ることによって、SEの方に伝える能力ができるというのが、この本の良いところかなと思っています。

■ SEチェンジ、ベンダチェンジ
船橋:1年半ほど前に奥田さんと田中さんと僕でミーティングをしました。このころから具体的なアイデアがどんどん出始めたんですね。その中で「こんなSE(システムエンジニア)は駄目、替えてもらえ」みたいなことを載せるという発言がポンと出たんです。その瞬間にこの本は成功すると思いました。



田中 雅人氏
田中:でも実際にSEを替えるのはどうしたらいいんですかねぇ? 僕は2回やって1回は成功したんですけど。

中元:うちはベンダを替えました。あれは大きかったですね。でも、普通の本にはSE替えろとか書いていないですよ(笑)。

井田:ベンダは、いつでも替えるぞという勢いでいくと真剣になりますね。現場には若者が来ることが多いですから、彼らが医療をどう受け取るか、その資質、スキルによってすごい差が出てきます。だからSEチェンジ、ベンダチェンジをやったことがあるというと、それなりの対応は期待できるかもしれない。やる気のない人は最初から引きますから。

田中:お互い不幸になるんだから、ビシッと言ってやらなければ。僕が「ダメ」といったのは「イエス」しかい言わなかったからです。こうしてほしいというと「ああ、やりましょう」。あれもできてこれもできる、「イエス」しかいわない。「それ矛盾してるよ」と言われても「イエス」(笑)。

奥田:巨大ベンダの要求書の返事も全部○ですよね。

中元:あり得ない(笑)。

井田:うちが経験しているのは、ミーティングで「やります、やります」と言いながら、3、4回経ってから「できません」と言ってくる人。

船橋:営業はいつも「できます、できます」って言いますね。

田中:もうひとつは議事録です。ひどいのは議事録も取らない、メモも取らない。

井田:議事録はベンダへ投げたら終わり。「言った、言わない」になってしまう。

田中:議事録って諸刃の剣ですね。一番やばいのは、ベンダ側で書いてその場でサインをもらうというやり方ですね。書いている人が優秀だと、ベンダ側の論理で書いている。彼らは“やばい”と思ったものは書かないんだって。「ちゃんと書け」と言われたら書くけど、それも裏返しで書くとか、非常に巧妙な手口で逃げられるところもあるようです。

中元:ベンダさんはこの本を買っています。「耳が痛い箇所もあるけど、ユーザーはこういうことを考えているんだ」というところもあって面白いと言ってました。もちろん医療情報のマニュアルとしてですが、読み物としても十分読み応えがあるって言ってました。
田中:彼らもセールストークに使えるはずですけどね。「こういうことが書かれているけれど、うちは大丈夫だから」と言えばいいんだから(笑)。

井田:ぜひベンダの人も真剣に読んでほしいですね。これがわかってなければユーザーと話ができないからって。これを出すとき、ひょっとしたら一番適用する職種が広くて、一番売れるんじゃないかと思っていました。

奥田:いろいろな本屋さんに見に行きますと、超実践マニュアルのCT、MR、RIは並んでいるじゃないですか。それなのにこの本は医療情報のところに飛んでいるでしょう。何か飛んでいるのは寂しい(笑)。

――それだけ、対象が幅広いんですね。

■ 医療情報は人間関係
船橋:今回は放射線技師以外の人も書いていて。

井田:医療情報はみんなが当事者ですから。

――どこかに、「事務はいらない」と書いてありました(笑)。

船橋:大きな病院でもそうかもしれませんが、小さな病院の事務局長が情報企画室長兼務という場合が在るようです。医療スタッフが就任しているところが意外に少なくて、公立病院だったら行政職の人が情報企画室にいますが、その理由は本にも書いているように“パソコンが得意そうだったから”とか(笑)。

井田:パソコンの得意な人にやらせてもあまり意味がないんですね。本にも書いているけど。パソコンの知識はライトユーザーのレベルでいいから、それよりも他の職種の人を理解してその間に立てる人じゃないと。もちろん、事務でも公平性という意味で、ちゃんとした人がなるとうまく機能しますが。

――医療者でも「俺が一番」という人が入ってしまうとダメみたいですから、やはり人の問題ですね。ネットワークの強化というのはシステムだけの話ではない。この本は人間関係の本でもありますね。

井田:現場では実際にそれが全てだと言える。

奥田:医療情報はやはり人間関係ですからね。

田中:ですよね。何よりも全体を見るセンスがないと無理です。

井田:メーカーと機器開発をしていると、メーカーの技術者の優秀さはピカイチでも「なんでこんなことがわかんないの」というので苦労することがあります。それはコツをわかっていないだけですから、こちらがちょっとヒントを与えればすごく良いものができるということが実感としてわかっています。私が機器開発に携わっているのは、ちょっと特殊かもしれません。だけど医療情報って特殊じゃないですよね。全国みんながやるでしょう。メーカーをベンダと読み替えてみると、その付き合い方の指南書にもなっています。HIS、RIS、PACSの開発というのはどの病院でもみんなが当事者となって同じことをやるじゃないですか。

田中:小さいところは小さいとこなりにすごい苦労をしている。

船橋:因果な仕事ではあると思うんですよ。誰にもありがとうと言われない。

田中:動いて当たり前で、動かないと有名になるんですよ。

中元:医療情報をやるようになって覚えたのは根回しと頭を下げること(笑)。

井田:でも逆に、謝罪をしながら病院のいたるところに出没して牛耳ることもできるんですよ。病院長も知らない、理事長も知らないところに隅々まで入っていける。親しいSEに聞くと、いろいろな職種のいろいろな狭間に入っていて意外とポイントを教えてくれたりする。皆さんが言う謝罪の裏にある能力というのは、経営者の能力に近いものかもしれませんね。そういう狭間に入るのってコメディカルは非常にうまいですよ。コメディカルの多くは、他職種や医師と調整を常にしているでしょう。

船橋:この本はすごくお得ですよね。これを使って始められたならと思いますね。医療情報の黎明期、1回目の苦労が終わったくらいの3年前に欲しかった(一同笑)。

奥田:そのころはヘロヘロですよ(一同笑)。涙しかなかったですから。その時期が終わって、だんだん充実して全部消化して、やっと過去の思い出になったから。それで、やっと文字になったなと。

田中:そこを通過しないと書けないんですよ。

中元:これ、全職種共通ですよね。放射線というエリアではなくて。だから看護師が読んでもいいし臨床工学士が読んでもいいし、医師が読んでもいいし。

■ 使いやすい電カルをつくるために
井田:真面目にお願いしたいのですが、使いにくい電子カルテと使いにくいHIS、RIS、PACSのシステムを、変えてくれるのは看護の力かもしれないということです。僕たちは何か言っても途中で論理的になっているなら「それでもいいかな」と納得してしまうところがある(笑)。でもそこで「でも違うんじゃない」と発言できるのは、感覚的にとらえるセンスのいるところがありますね。

奥田:確かに論理的に納得して、自分たちがベンダの代わりに職場の仲間を説得してしまう場合があります。この人がいまのベンダを選んだ基準はパステルカラーだったからです(笑)。

中元:それだけじゃないです(笑)。あの当時はそこが一番……。

奥田:可愛かったから?

中元:ハイハイ。ピンクが良かったからです。でもそれだけじゃなくてトータルで良かったですよ。今は他のベンダのものもそれなりに使えていますが、それだけ看護に逆に目が向いてきたわけですよね。

田中:非論理的な見方というか文脈というのは、これから絶対に大切になってきます。

船橋:電カル端末がICUやCCUにもズラッと並んでいるんですが、看護師さんが端末の前で作業の流れを細かく紙に書いているんです。「何しているの? 電カルどうした?」と冷やかし半分で言うと、「いや、もうできない。バタバタしている最中には入力できない」と。お上はリスク管理に必要だから「何時にこれが起こったとか、全部書いておきなさい、残しなさい」と、それはわかるけど現実には無理だ、そのときは患者さんに処置しているから。それで、「何時ころに何をした」と入力しなければならないけど「かなり無理がある」ということで、A3大の用紙に一生懸命書いて、その日々の時間単位のカルテの記録を残していっているわけですね。それならば、この図(A3画面)をモニター画面に再現したら解決するのかと言ったら、解決しないですよね。
 なぜかと言うと、マンマシーンのインターフェイスがなければ駄目なんですよ。鉛筆持ってピッと書いたら10秒でしょう。でもコンピュータならカーソル持っていってクリックしてからワープロを打ってとか、そこに行くのに矢印を何回押してみたいな世界のことでずっと手間がかかる。そうしたら、その手間をどこで誰が解消できるか! ね、田中さん。

田中:今の医療で一番抜けているのがプロセスだと思っているんですね。それで、結果しか追っていなくて、たとえば医師が患者さんを目の前にしていろんなプロセスをやっているけれど、“次はこうだな”という何か文脈みたいなものがあるじゃないですか。その文脈がどこかに行っちゃうと、「じゃあCTオーダーだ」と、技師も「前に同じ検査をしたはずなのに、これは違うのかなぁ」と思いつつも言われたまま撮ってしまう。もしかしたらそのCTがズレているかもわからないですよね。技師さんが考えたプロセスと依頼のプロセスがズレているのかもわからない。それで、それが読影医に回った。読影医のほうも過去画像があるわけですね。それもわからない。ということで結果だけしか残らない。結果だけしか繋がっていないということは、個別医療になってしまっていると思うんです。その個別医療というのは機能不全を起こすと思いますから、そのプロセスを大切にする電子カルテなり医療情報システムでないと。何でもそうだと思うのですが。

船橋:それはマンマシーンインターフェイスだと思います。究極は、簡単にできるということですが。

田中:その「簡単に!」というのが、適材適所というか、必要なときに必要なものを必要なだけ「Just in Time」です。看護システムは持っている機能“てんこ盛り”でしょう。それはある意味仕方ないですよ。シチュエーションごとに全部ユーザーインタフェイスを変えると、いくらお金がかかるかわからないから、そういうこともあったわけですよね。



林  哲也氏
林:ユーザー側にも、自分たちが何をやっているかわかってない面があります。「何がほしいの」と聞かれると「これも、あれも」となるのですが、「本当にやりたいの」となると「いや、どうかな」と(一同笑)。本当に作ったらそれ使うのと言っても「どうかな?」。コンセプトが弱いですね。その機能はほしいけれど使うかどうかわからないと。機能のどれがmustでどれが付録かがわからないけれど、聞かれたらリクエストはある(笑)。

田中:そこなんです。必要なときに必要なものだけ出すユーザーインタフェイスが存在するかどうかも、今はまだわからない時代だと思うんですね。

井田:結局は、そういう仕組みを伝えるだけの手技を身に付けなければいけないですね。たとえば物を作る人に「こういうことが必要だよ」ということを伝えるための言葉遣いとかテクニックと結びつくわけですね。われわれが医療にドップリ浸かっているけれど、医療情報を知らないから、それを伝える言語を知らないんですね。

――そこで、これを読んでください(一同笑)。使われている言語の一端がわかる。それは将来もそういうシステムを作るときにも。

井田:この(A5サイズ)の大きさも、別に医療情報のためにこのサイズになったんじゃないんですね。CTとかCRとかだいたい仕事をしながら見るでしょう。そうするとA4の本だと邪魔。厚くても横に置ける本のほうがいい(笑)。

船橋:この本は、わかりやすいですよね。編集でやることって、モニタ画面の設計と同じですね。ポイントになるところをいかに見やすくパッと目を引くかが重要で、そこは一緒。

井田:RISのシステムを選定するときに、医療機器をつくっているメーカーに決まったんですが、医療機器をつくっているせいか、そういうセンスはありましたね。四角いボタンが並んでいるけど、適度に隙間があって、グラデーションがかかっていて、遠くから見てわかる太いフォントを使って、全体は青ベースで、何かコメントがあるとピンクに変わる。それで全部統一されているから、視認性については意識してました。

■ システムセンターからユーザーセンターへ
田中:最近、システムを作るときによく言われるのが、システムセンタードデザインなのか、ユーザーセンタードデザインなのかということです。非常に端的に表している言葉だと思いますけど、ユーザーセンタードデザインになっていかなければいけないということはもう間違いないですね。

井田:医療のことを知らないけれど仕事はできるという優秀なプログラマーにどう伝えるかと考えたときに、「このボタンを押したら次には何秒以内に開け」とか実際に数字を当てはめるんですよ。何ができればいいと言うと全然できなくて、順番とか時間とか全部こちらから教えれば作れるわけですよ。そういう方法って全然わからないわけです。彼らも僕たちが何を言っているかわからない。だから、今までの電子カルテや情報システムはかなり時間を浪費していますね。できればみんな苦労したくないからどんどん公開してあげれば。

中元:それがこの『超実践マニュアル 医療情報』です(笑)。

田中:全部に通用することだと思うのですが、本質的なところを便利にするというのは、SEでも何でもどれだけイマジネーションを働かすことができるかだと思うんですよ。たとえば駐車場の線があるところでも、真ん中に止めると次の人は困るよな、っていうイマジネーションができるかどうかというのが、案外基本なのかなという気がしますね。

船橋:何をするにしても絶対にそこですよ。

■ 部門を超えて横軸のシステム化へ
井田:医療情報って面白いですね。本当に大変なのはわかりますよ。でも、医療情報のところに少し関与していくと、いろいろな部門の問題がよく見えてくる。本質的な問題もあれば、非常に些細な問題もあるのですが、経営者を困らせない医療情報ってつくれると思うんですね。

船橋:電子化するときは、ワークフローを洗い出しますよね。あれは作業工程をなぞっているだけではダメで、「こんな無駄がある」ということを整理していくという過程そのものです。そこでみんなが引っかかるようなことは、悩んでいる経営者に対しても重要なキーワードだと思います。

井田:今の電子化は、データが共有できることの利便性はありますが、残念ながら省力化になっていないですよね。たとえば入院してきた患者さんの基本情報を入れるとき、身長、体重が測られていなくても看護とか医師にとってそれほど大きな問題ではない。ところが検査では体重がわからないと造影剤の量が決められないから僕たちには大きな問題として抱えることになる。そこで、最初に受け入れた人が「そんなの忙しいし、あとでいいじゃないか」という感覚だと、うまく機能しないですね。

中元:オーダーで、たとえばレントゲンのコメントでギブスカット前に写真を撮ってくださいみたいなことが入ってRISには行くんですが、看護にはそのコメントがたまたま来ないわけです。時間になるとレントゲンに行ってしまうと「ギブスカットは?」って。「そんなコメントあった?」「あ、あった」みたいな。そういうこともあったりするので、本当にそう思う。人の情報交換もそうですが、部門間の情報だものね。

奥田:この本にも部門を越えろと書いてありますね(笑)。今は部門を越えていないですよ。システム化ってどうしても縦割りですね。でも医療は横軸もあるんですよ。

中元:システムによってやるべきことって、それはそれぞれの病院によって違うし、そこによって違うと思うし、病院が何をしたいかでしょう? 病院が何をしたいか決まっていればそれに基づいてやればいい。

船橋:病院の方針自体が決まっていない(笑)。

――院長にもこの本を読んでもらいたいですね。

中元:職場の長には読ませたい本ですよね。

船橋:絶対必要だよね。技師長に読ませたい。

井田:この本には、どういう仕様書を誰と一緒に作って誰を任命してと書いているわけですね。こういうタイプの人にはこの仕事はいいけど、これはいけないとか、こういう人事をしなさいといっているようなものですよ。

船橋:結構思うことを書いていますね。

中元:こんなこと書いていいのかってことまで書いてありますよね。

奥田:確かに問題点をいっぱい書いてありますね。クリアできてないことまで。

井田:今ここにいる人たちは、次だったらこうしようと、絶対にそれぞれみんなのイメージがあるでしょう。

奥田:もう次に入っています。今が駄目だから。

井田:だから今の経験を絶対に生かせるように、医療者が自分たちをまず分析しなければいけないんですね。その医療者が全員できなくてもいいけれど、たとえば各職種のコアになる医療情報を担当するようなメンバーが、自分の職種の上の人、下の人、真ん中の人について分析をして、それをまずその病院内のSEに伝えるような言葉に翻訳する力を持たなければいけない。

奥田:医療者って今まで箱物を買うことに慣れているんですね。箱物が入ってきて、できることが予め決まっているものを使うというか。

井田:まず入れて、どううまく使うかですね。

中元:それにフローを合わせるわけですよ。私も最初、システム作りというのはSEとかマニアックな人たちがつくって、それをもらって自分たちが動けばいいというような頭でいましたが、そうではなくて、やはり自分たちでシステムを作るところから関わらなくてはいけないのですね。どうやって使うか、どうやって現場のスタッフに使い方を教えていくかとか、自分もフロアの人も一緒になって作っていかないと、うまいシステムはできないということをすごく実感しました。

奥田:医療情報というのは箱物じゃないから、違うんです。

■ 医療情報は達成感の宝庫
船橋:実現の喜びも得られる。医療情報にはいまだに開拓地がたくさんあって、こうやったらいいんじゃないかということが実現する。本になったのは自分にとってすごい事件なんですね。自分の書いたことが公共の場に出るなんてすごいことです。それと同じことで、こうやったらいいよと言ったものが製品になって出るというのはすごいことだけど、自分の仕事がシステムとして組み込まれるのもすごいことです。医療情報はマルチベンダでやるかぎり、病院ごとでシステムを作り上げるわけだから、実はそういう達成感の宝庫かもしれない。

井田:あるひとつのモダリティにこだわっていなくて、全体の改善に繋がってしまうわけだから、それは大きな仕事ですよね。

船橋:それは院長とか理事長にならないとできなかったことだけど、医療情報に携わるとトータルの方向性を決めて、こうだと言っても許されるというときが1人ずつに訪れる。一医療従事者として生きていて、そんなことが実現できるところのポジションに、医療情報分野はいまあるんですね。

井田:それは現実にありますよ。たとえば医療情報に携わると、部長職って教授や助教授クラスが就くようなところでも、医療情報のトップはその前に部長になっています。いまはみんな、人と付き合って謝罪みたいなことばかりだし、自分のスキルもなかなか認めてもらえないということで、まとめられる能力のある人も敬遠してしまうけれど、最終的にはその人に頼るしかなくて、部長職になって経営に加わっていくようになっているんですね。

田中:経営会議では、大きい液晶を前にずらっと並んで、エクセル出して収支をみたり、こういう人材配置をしたのでシミュレーションしてみようとかやっていますね。医療情報には、誰がどこで何をしたというのが全部入っています。それをどう切り出すかということですね。そのセンスは結局、経営に繋がっている。このように、二次利用をどう使うかですね。

■ ペイシェント・センタード・デザイン、そして医療者は全員コメディカル
船橋:医療の今後の方向性を見るにしても、履歴を残すということは、実はすごく重要な意味を含んでいると思います。リアルタイムに残せるかどうかということで、またマンマシーンインターフェイスの話に戻りますが、ここは大きなサークルを描いて繋がっている。そのサークルをどのようなバランスで完成させるかというところにくると、目的とか理念が根底にあるんじゃないかと思いますね。最終的には「患者さんのためにやる」という命題から全部敷衍していくのではないか。看護師さんに「あなた、こんなのしたいの? 誰のために? 何のために?」みたいな話の議論をすればいいんでしょうが、何がしたいのというよりも「これって、患者さんのために何かするんですよね」というような前提を常に会話の始めにすれば、そのための方策としてのシステムはおそらく常に安定して出てくるんじゃないかって気がしますね。

田中:ペイシェント・センタード・デザインになったときに、最終的にコメディカルというのはなくなるんでしょうね。

中元:私はコメディカルってわからなかった。何がコメディカル? 看護師はコメディカル? どっち? みたいな。

井田:コメディカルセクションという名前をやめて、みんなメディカルじゃないかという意見もあります。なんで「コ」が付くか付かないかで分けるのか、みんなが医療を目指しているじゃないかと。

――医師はコメディカルとは呼ばれませんね。

船橋:僕らコメディカルというじゃないですか。たとえば医師、看護師がメディカルスタッフみたいな言い方をするけれど、本当は全員コメディカルでしょう。メディカルの中心は患者だから。患者の周辺でみんなでチームを組んで患者を治すのであって、中心は患者さんのはずなのに、医師を中心にその医師がやることを手伝うコメディカルという発想が、医療の根本的な問題になっているところですね。

奥田:電子カルテもだから部門システムだと。

船橋:そういうことです。だから誰のために中心に何を置いて、何のためにそれを設計し動くのかという話が先で、そろそろ変革されなければあかん時代が来たってことです。みんながいろいろな局面で、全然違う立場でそれに気付き出した。
 医療情報はみんなが当事者です。いま状況が変わってきているなと思うのは、たとえば滋賀医大は放射線技師が副院長をやっています。奈良県立医大の放射線技師も副院長をやっています。ということは、医師たちが結構それは容認する時代が来たということですね。いま、看護師以外の人も登用されていいということを医師が認め出したということは、ベーシックな人の心の底流にある発想が微妙に変わってきたんじゃないかと思いますね。

奥田:確かに変革が始まっています。

――医療情報はその変革をさらに加速していくような気がします。本日はどうもありがとうございました。
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