『放射線安全管理の手引き』発刊に寄せて

 近代医学・医療において欠かすことのできない放射線診療の領域において,診療放射線技師の果たす役割はきわめて大きい。そして,その診断・治療両面でのめざましい発展はいまだ加速を続けており,それらの高度化に対応するため,診療放射線技師には絶え間のない研鑽が課せられている。その一方で,放射線診療業務は医行為である以上,医師の指示がなにごとによらず不可欠であるとする医師オールマイティが現在の日本の医療体質である。しかし,現実にはどうであろうか。一般の医師が技師と同等以上に放射線診療についての知識を有している例は少なく,診療報酬の要請などから検査オーダーは過剰となり,先進国では例をみない高医療被ばく国として国民にリスクを負わせる結果になってしまっている。

 したがって本会の長年の主張である医療被ばくの低減も,医師がその必要性を振りかざせば一蹴されてしまうことになる。先ごろ本会の委員会答申として示された「患者さんのための『医療被ばくガイドライン(低減目標値)』」にしても,非常に有意義な指針でありながら本会内部の認知にとどまっているにすぎない。これなどは診療放射線技師にその実践を促す以前に,医師にその必要と実効性を啓発しなければならないはずのものである。

 また,チーム医療というかけ声は聞こえても,現実には医師法というくびきがコ・メディカルスタッフの位置づけを劣勢に甘んじさせ,対等な立場の医療人としての主体性を浮かび上がらせないものにしている。そのうえ診療放射線技師自身にしても,医師からの指示待ちに馴致された体質から脱却できないでいるため,いかに有意な提唱であっても空文化し,医療社会内部で内向化してしまっているのである。

 それでは診療放射線技師は,主体性あるチームスタッフとして自らの地位を確立すべく,いかに活路を見出していけばよいのだろうか。それには,その専門性をより深めていくとともに,従来の医行為という閉ざされた領域を突破し,より高い自覚のもとに「国民を無用な放射線から守る」放射線安全管理者として,医療の内部に向けてではなく一般国民に身近な存在として自らの立場を育て上げることにある。つまり,すぐれた専門性を有する職業人としての存在意義を,一般社会にアピールしていくことが重要なのである。

 本書は,そうした目的を具体的に実現するための,文字どおりの手引き書として編纂されたものである。放射線関連機器管理責任者ならびに放射線管理士の認定講習はそれぞれ1996年,99年に発足され,本会教育センターにて数次の講習会および認定試験が実施されてきている。その実績をもとに,「放射線関連機器管理責任者」,「放射線管理士」,および両者の基礎となる「共通科目」の 3 部構成で本書は成り立っている。内容の詳細についてはそれぞれの序を参照していただきたい。

 全国にはすでに共通科目の受講を完了している多くの会員がおり,昨今は,それぞれの地方での専門課程受講の要望が高まってきていた。しかし,その実現はある一定の講習レベルが保持されることによってはじめて可能になるものであり,このテキストはそれを担保するものとして完成されたのである。そしてこの認定資格者の意義は,先に述べたとおり,医療体制と一般社会との垣根が取り払われる推進力となることである。そのためには,他の医療従事者の放射線安全管理に対する理解と共通認識を得ることが必要であり,診療放射線技師のみならず,医師,看護婦等の医療従事者の方々の受講も積極的に働きかけてまいりたいと考えている。

 またこの認定講習統一テキストによる講習は,一時的なものではなく,制度として長く実施されるものでなければならないだろう。より多くの認定資格者を国民に知らしめることで,放射線というエネルギーから健全な利便を得るための国民の信頼につながるとともに,それがひいては真のチーム医療実現に向けた医療改革に資すると考えられるからである。すなわちこの認定講習は,医療に対する不信が渦巻く昨今にあって,従来の医療通念を脱することがその自浄に通じるものであることを,医療人として率先して範を示す機会であるともいえよう。そうした意味でも,診療放射線技師はもとより,ひとりでも多くの医療人がこのテキストを利用して認定講習に参加されることを望みたい。さらには,医療職をめざす学生に「放射線管理学」等を教授するテキストとして活用されたり,ひろく放射線の安全管理にかかわる方々に,講習会への参加にまでは至らなくとも基礎から実践までを網羅した参考の書として利用されることも願うものである。


平成14年2月吉日

社団法人日本放射線技師会
会長 中 村  實