はじめに:基礎から学ぶ緊急被曝ガイド

 平成23年3月11日午後2時46分、千年に一度といわれる大地震が東北地方を襲った。東日本大震災である。マグニチュードは9.0。それに伴う大津波は、福島第一原発で15mにも達し、10mと想定されていた防波堤は軽く超えてしまい、日本では過去に例のない原発の事故となり、放射性物質を広範囲に撒き散らすことになった。それは単に日本の問題だけではなく世界中の原発問題にまで発展した。

 原発事故の規模は国際原子力事象評価尺度では、チェルノブイリと同じレベル7であるが、福島(57万TBq:原子力研究機構発表)での放射性物質の放出量は、チェルノブイリ(520万TBq)の約10分の1であり、チェルノブイリ事故と同等の影響が出るとは考えられない。しかしながら、一般市民は今回の原発事故をたやすく受け入れられるはずもなく、放射線影響に対する不安は募るばかりである。さらにマスコミやいい加減な放射線専門家が、「放射線はすべて危険だ」と必要以上に煽りたて、正しい放射線の理解を阻むものとなっている。放射線は五感に感じることができないため、放射線の怖さが助長されている。

 放射線を正しく理解するのは、難しい。放射線に必要な知識は物理学に始まり、化学および生物学といった広い分野にわたる。放射線の種類は、α線、β線、γ線、X線、中性子線などと多く、その違いによって作用が異なる。放射能Bq(ベクレル)、吸収線量Gy(グレイ)、等価線量や実効線量Sv(シーベルト)、cpm(countperminute)等、単位が複雑。それら単位同士の換算が面倒。μ(マイクロ)、m(ミリ)、k(キロ)、M(メガ)、G(ギガ)、T(テラ)などの広い桁数範囲。また多くの聞き慣れない専門用語。これらは、放射線を理解することをとても面倒なものにしているように思える。

 日本で、「ゆとり教育」等による授業数削減により、30年間義務教育から放射線の授業はなされてこなかった。80校ある日本の医学部医学科において、放射線基礎医学を講座に持つ大学は8校しかない。日本は唯一の被爆国であるにもかかわらず、放射線教育ではかなりの遅れをとってしまったように思われる。

 本書は、平成23年4月より産業医科大学のホームページで公開し、更新してきた「放射線学入門」(あるいは「一般向け緊急被曝ガイド」)を元に作製している。ホームページ上では、福島第一原発事故後、関連ある過去のデータを参考にしながら、現状を時系列的に更新してきた。またさまざまなホームページ、ブログあるいはtwitterでリンクされ、「わかりやすい」というコメントをいただいていた。この紙面をもって感謝の意を表したい。またさまざま先生方からも講演に使用させていただきたいと申し出があり、遠慮なく自由に使っていただいている。本書では、講義や講演で使用したスライドをいくつか加えて、また不十分と思われた説明文も新たに入れて、さらにわかりやすく放射線について説明した。チェルノブイリ事故と福島第一原発事故の比較、他のものとのリスクの違い、実験的データなどから、今後日本で起こりうる放射線影響を理解していただけるものとしてほしい。

 最後に本書作製にあたってご協力を頂いた、放射線衛生学・大津山彰准教授、元放射線医学総合研究所副所長・佐渡敏彦先生、放射線医学総合研究所・稲葉次郎先生、産業医科大学医学部学生・森脇邦明君、佐々木直起君、柳生圭士郎君に深謝致します。
岡ア龍史