はじめに:拡散MRIの基礎と応用

 磁気共鳴イメージング(MRI)は非侵襲的に人体の形態および機能情報を画像化し,今日の医療において重要な役割を果たしている.また,原画像のフーリエ変換を直接計測できるなど技術的観点からも X線を利用したコンピュータトモグラフィ(CT),陽電子放射型コンピュータトモグラフィ(PET),単光子放射型コンピュータトモグラフィ(SPECT)など他のイメージング装置にはない特徴を有している.MRIによって測定できる現象の 1つに拡散がある.MRIを用いた拡散現象の画像化は,生体組織に含まれる水分子の自己拡散を主な対象として,80年代から行われてきたが,臨床応用が急速に進んだのは,EPI(echo planar imaging)による高速撮像が可能になるとともに急性期脳梗塞の診断における有用性が見出された 90年代からである.

 本書は MRIや拡散 MRIの基礎である Bloch方程式の数値解法,拡散方程式の解析的な解法や有限差分法による拡散方程式の数値解法を詳しく解説している.また,拡散 MRIの応用として,細胞内拡散係数と細胞膜透過率の推定や生体導電率の画像化を解説している.拡散 MRIを含め MRIの原理および技術については優れた書籍,解説が多く発刊されているが,本書のように,拡散 MRIについて実際にプログラミングまで踏み込んで解説したのは,はじめての試みである.拡散 MRIの理解には C言語などを用いプログラムを実際に書き,画像あるいは計測データとして観察することが有効であると著者らは考えている.そのような意味で本書は,MRI信号の発生から画像再構成までのC言語プログラムを解説した既刊の『MRI画像再構成の基礎』の姉妹編である.

 本書は保健医療系大学の学部学生,大学院生の他,拡散 MRIに関心を持つ理工系学生や企業などの技術者の方々にも役立つような構成にしている.C言語に慣れていない読者のために,付録に画像の作成や読み出し・書き込みなどプログラミングの基礎についてまとめている.本書の特徴は以下の通りである.


1. 本文の解説に合わせ 32本のC言語ソースファイルを付している.また,C言語で作成した画像をもとに Image Jで拡散異方性のカラー画像を作成する方法についても紹介している.

2. 画像表示ソフトウエア(display)を付している.displayはC言語に関する著者らの既刊の 3冊で使用しているソフトウエアであり,整数型や実数型の医用画像を表示することができる.

3. 本文はプログラムあるいはプログラムを実行して理解していただくうえで便利なように,プログラムの入力画面の図を載せている.これによって読者は容易にプログラムを実行し確認することができる.

4. 本文での数式の導出を丁寧に行うとともに,本文では記載しきれない数式は付録にまとめている.

5. C言語ソースプログラムにはコメントを多く挿入し,本文の数式をプログラムとして実装する手順をわかりやすくしている.

6. 拡散MRIの計算機シミュレーションに必要な画像およびパルスシーケンスから生じる磁化の計測テキストデータを付している.このように,本書はプログラム,実験画像と計測データ,画像表示プログラムが完備しており,拡散MRIに関する良好な学習環境を提供している.


 displayは,著者の長年の共同研究者である横浜創英短期大学 橋本雄幸教授が開発されたソフトウエアであり,橋本雄幸教授のご厚意で本書でもdisplayを使用させていただいている.



 第8章のBrain Web MRIデータベースからの実験画像の作成に関するプログラムの開発は,富士フイルムRIファーマ株式会社による首都大学東京共同研究費「体幹部を対象としたマルチモダリティ位置合わせ法(アルゴリズム)の考案とソフトウエアの開発(2007年 4月〜2011年 3月)」の助成を受けて行いました.研究室大学院生の伊藤 猛君,橘 篤志君にはプログラム開発の協力を得た.

 最後になりましたが,出版に際し,医療科学社 齋藤聖之氏には大変お世話になりましたことをお礼申し上げます.

2011年 2月
著者を代表して 篠原 広行