推薦の言葉:臨床と病理のための乳腺疾患アトラス

 自分の書架にある古い本の1つ,『臨床病理 乳腺腫瘍図譜(久留勝監修 昭和37年 中山書店)』を久し振りに紐解いた.この本の序文に以下のような記述がある.さて,乳癌にいつも見られるただ1つの症候は腫瘤であるが,妊娠,授乳をはじめとし,乳腺に腫瘤や硬結をつくる場合は決して数少なくない.そのなかのあるものは明らかに乳癌の発生と関連を有し,また乳腺内の硬結が唯一の症候をなす点で,乳癌との鑑別がきわめて重要である.これらの疾患と乳癌との鑑別には種々の方法が利用されうるが,現今なおこれを決定するためには,試験切片の組織学的検査を必要とする場合がきわめて多い.

 この50年間,乳癌の診療は大きく進歩した.そしてこの間,乳腺病理は進歩するとともに,その重要性を年々増している.50年前の考えとは異なり,病理診断以外の方法で乳癌の確定診断を得られるようにはならなかった.それどころか,早期乳癌が多くなるにつれ,乳腺病理は難しいものになり,DCIS,LCIS,ADH,ALHなどの鑑別に確かな目を持った病理医が必要になった.また,乳房温存手術やセンチネルリンパ節生検には,迅速で正確で緻密な病理診断が求められている.さらに全身療法の治療手段は,種々の病理所見で決定されている.つまり,「乳癌診療は正確な病理診断が保証されて初めて成立する」,と言える.

 本書の著者の前田一郎先生は,これからのわが国を担う乳腺病理医である.新進の病理医の著書では,とかく免疫染色や分子生物学的な記述が多くなりがちであるが,本書はあくまで乳腺病理の基本であるHE染色所見にこだわっている.この基本を重んじる著者の骨太の心意気は,わが国の乳癌診療を発展させてきた先人達の心意気と同じであり,感銘深い.

 本書の特徴は,判りやすい言葉で書かれた病理学的記述を読み進むと,自然に乳腺病理の基本が理解できるようになっている点である.著者が本書の中で,「病理標本は臨床医にとって目にする機会は少ないが,気楽にHE染色標本を観察していただきたい」と,述べている.乳癌診療に関与する医療者は,是非本書を読み,病理医と一緒にHE標本を見る機会を持って頂きたい.乳腺病理の知識は,明日からの臨床の向上に反映するからである.

 本書の後半は,症例を用いた病理と画像の対比である.ここでも著者は,MRIやCTでなく,乳腺画像の基本であるマンモグラフィや乳房超音波画像と病理の対比を行っている.美しい画像と組織を対比して見ることで,自然に基本的な乳腺画像診断能力が向上する.その上,組織を見ながら画像所見の謎解きをすることで,学会でのフィルムリーディングの盛り上がりとおもしろさを1人で味わうことができる.

 乳癌は年齢調整罹患率で女性の癌の第1位になり,平成16年(2004年)の推定罹患数は5万人を超えた.昭和37年(1962年) に1740人であったの乳癌死亡数は,平成20年(2008年)は11,797人に上っている.大きな社会問題になった乳癌医療のために,わが国で数少ない乳腺病理医として,著者のさらなる発展を祈念している.


福田 護
(聖マリアンナ医科大学附属研究所ブレスト&イメージング先端医療センター附属クリニック院長)
2010年5月