はじめに:MRI原理とMRS

 もう20年も昔、米国に留学しているときにお会いしたJCAT(Journal of Computer Assisted Tomography)の副編集長の方が「今の放射線科医は、Radiologistではなく、Photographerだ」と嘆いておられました。どういうことかとよくお話を伺うと、「ほとんどの放射線科医が、T1強調画像で白いから……、T1強調画像で黒いから……といって診断しているだけで、なぜ白いのか?なぜ黒いのか? 組織的にどんな変化があるから黒くなるのか? など全くわからずに、画像を読影して診断している。これじゃあRadiologistではないだろう。なんの根拠もなく白い黒いといっているのだからPhotographerだよ」と言っておられたのを今でも思い出します。

 皆さんにできるだけPhotographerではなく、真のRadiologistあるいは原理からMRIを理解している診療放射線技師になっていただきたいという思いからこの本を書きました。とにかく数式など細かいことは物理の専門家あるいはソフトウエアの専門家にお任せして、MRI原理の概念を掴んでいただき、新しい撮像法などが出てきても、それを理解できる基礎知識を付けていただくのが、この本の最大の目的です。

 この本は、他のMRIの本と2つの大きな違いがあります。

 まずひとつは、MRSの原理から応用まで、しかも1.5T MR装置で得られるMRSではあまりはっきりしないような現象までも、できるだけその原理からわかりやすく書いている点です。それは、恐らく近い将来、磁場が非常に均一な6T?7TぐらいのMR装置が臨床で使われるようになったときには、いろいろな現象が明瞭になる可能性があると考えられるので、そのときでもこの本が十分役立つようにするためです。

 もうひとつの大きな違いは、MRI原理の説明に回転座標系を使っていない点です。矢印がぐるぐる回るあの絵が出てくる最初のMR信号の説明でほとんどの人たちはわからなくなって、MRIが理解できなくなっています。あの表示方法は回転座標系による表示なのです。太陽系で太陽が原子核、惑星が軌道電子だとすると、自転している太陽の上に乗って太陽系を眺めているような表示方法なのです。でもわれわれが太陽系を理解するには、太陽系の外から太陽系を眺めたほうが、すなわち普通の動かないX軸、Y軸、Z軸を基準に眺めたほうがわかりやすいと思うのです。物理的には原子核が励起したりするとそれによる磁場変化が生じるために回転座標系表示のほうが正確なのだそうです。物理学的には無視できないらしいので、正確を期する方からはお叱りを受けそうですが、この本の読者はMRIのソフトウエアを作ったりするわけではないと思うので、少しでもイメージが掴めるようにそうした誤差は無視して、わかりやすい普通の固定したX軸、Y軸、Z軸での説明にしています。

 この本は、もう20数年前にわが大学の付属病院に1.5T MR装置が導入されたときに、医師や技師さんたちの教育のために作った原稿が元になっています。その知識は40年以上前に私が東京薬科大学に通っていたころに読んだNMRの原理の翻訳本と20数年前に米国エモリー大学での1週間のMRI原理の講習会が基礎になっています。MRIは、ここ20年で非常に進歩しており、それに合わせて改訂してきていたつもりでしたが、いざ本の原稿を書く段になって、1つ1つ調べてみると表だって見えない部分で想像を超える進歩があったことがわかりました。実際にMRを撮像している技師さんたちにも見てもらったりして、できるだけそうしたことを改めながら書いたつもりですが、内容が古かったりしているところは多々あると思います。なんといっても私は物理が専門ではないので、これ以外にも私の知識不足ゆえの間違いが多々あると思いますが、お許しを頂きたい。もし少しでも間違っているのは許せないという方は、この本を見たり買ったりしないで下さい。

 この本によって、皆さんが少しでもMRI原理がわかって、画像を見たときに、その組織でなにが起こっているかが思い浮かぶようになることを願ってやみません。

 最後に、この本の執筆にあたり、さまざまな資料や画像の提供、校正をいただいた東京薬科大学の小杉義幸先生、聖マリアンナ医科大学東横病院画像診断室の森 寿一氏と作野勝臣氏、聖マリアンナ医科大学客員教授の今村恵子先生、聖マリアンナ医科大学病院診療放射線技師の方々に心から深謝いたします。


平成21年10月吉日
今西 好正