自  序:胃癌X線読影法

 消化管造影X線検査は,十数年前からアナログX線映像法に変わりデジタルX線映像法が主流へと変革してきた。その変革に対して問題が生じなければ,この流れに逆らうこともあるまい。しかし,この流れは実状を検討した後,実際の現場で何が起こっているのか思考すれば自ずと問題提議が生じよう。

 実状からみると,反転画像の重要性を認識したのは,バリウム斑が椎体に重なり,見逃した小さいニッシェの存在であった。内視鏡医に“この内視鏡写真の陰影所見はニッシェですよね?”と問われ,見れば明らかに小さい潰瘍が写し出されていた。再度,X線画像(骨白写真;以下,ネガ像と略)を見直したが,明らかな所見は見られなかった。

 最近では,FPD(flat panel detector),DR(digital radiography)による撮影・読影が主流をなしている。また,読影の大部分はX線フィルムでは行わず,医療画像表示ディスプレイ(高精細モニター)による画像の読影がその中心である。ある日,後輩の勧めで,ネガ像と反転画像(以下,ポジ像と略)の二画面で読影を行った。しかし,正直をいうとポジ像の追加読影には消極的であった。その根拠は,今までのX線写真による読影である程度行われており,ポジ像の追加読影は時間と労力の無駄と感じていたからである。

 そこで,改めて上記したネガ像で見逃した症例を再度,ポジ像をも含めて検討した。そうすると,ポジ像では椎体上に小さいニッシェが描出されていた。要は,ネガ像がもつ白色,黒色,灰色(コントラスト)を基盤とした画像情報とポジ像がもつ明るい輝度を有する白色,黒色,灰色(輝度を有するコントラスト)を基盤とした画像情報とは,視覚的に少なからず異なることを知ったわけである。しかし,基本的にはポジ像はネガ像の画像情報を超えることは少ないと考えられるが,専門的には視覚的にいくつか異なる要因があるのかもしれない。

 消化管X線画像の精度は,装置の分解能,鮮鋭度,コントラスト,粒状性に影響される。したがって,濃度は基本的に画像精度には影響を及ぼさない。しかし,読影の現場では,視覚的に写真濃度が気がかりとなることも確かである。ネガ像とポジ像の本質的な差は何か? おそらく,コントラストの差ではないだろうか。結局,ネガ像で白くつぶれている部分がポジ像ではわずかな濃度差として現れるのであろう。

 話は変わるが,新たな行動を起こすにはいくつかの原因があることが多い。屈辱から起こす行動とか精進(前進)から起こす行動などである。今回,上記したことは屈辱を原因として起こした行動である。自己満足の裏には落とし穴があり,自信と過信も紙一重である。傲慢(自惚れ)と謙虚も一見,隔たっているようにもみえるが筆者の浅い経験では紙一重であると考えられる。

 本論に戻るが,過去に読影した,『胃X線撮影法1,2,3』,『胃X線読影法』(上巻,下巻の一部)の早期癌症例を中心に,X線写真をすべてポジ像に変換させて再検討したのが本書である。少し重複している可能性はあるが,約10,000枚のネガ像をポジ像と比較することで,アナログ画像(X線フィルム)による情報に劣らないような読影を行いたいわけである。そのためには,デジタル画像によるネガ像にポジ像を追加して,少しでも多くの情報を補いたい,それが本書の目的である。従来のアナログ画像(X線フィルム)とデジタル画像のネガ像のみの比較では,デジタル,ネガ像が劣っていることは自明である。ポジ像を追加読影しても大きく補えるとは考えていない。しかし,上記したようにポジ像で発見できる病変のあることも事実である。

 反転画像(ポジ像)からみたX線写真を思考するとき,ネガ像の質の良否が大きく関与することはいうまでもない。ネガ像の質の悪いX線写真は,ポジ像に変換してみても,ネガ像の質の悪さを超えて読影できることはきわめてまれであろう。しかし,ポジ像に手を加えれば,少しは見やすいX線写真に修正することも可能であるが,本書ではポジ像に大きな修正を加えないことにした。なぜなら,通常のX線検査後の読影ではポジ像を修正してみることは少ないからである。また,現在のX線検査は“簡単に,早く,正確に”に主眼がおかれ,時間的な問題,制約を前提に行われていることからも理解できよう。

 本書は,最初にネガ像を読影し,その後ポジ像を読影し,ネガ像で見逃し,ポジ像で現れた所見を集積することによって,ポジ像の“わかりやすさ”を記述することにした。しかし,ポジ像で現れた所見は,再度,ネガ像で注意深く読影すれば現れていることは必然である。基本的にはネガ像で見逃した変化所見を,ポジ像をみて再度,追認するようなことは行っていない。なぜなら,そのような方法では,初心者に対して有用と思わないからである。また,最初の読影は多くの点でネガ像が基本となるからである。

 本書にはいくつかの問題点がある。それは大部分がアナログ画像(X線フィルム)をポジ像に置き換えて検討したものであり,一部,FPD,DR画像を反転した症例があっても,その数が少ないことである。しかし,客観的な視点にたてば,致命的なデメリットとは言い難いと思われる。現在ではDR画像(ネガ像)に反転画像(ポジ像)を追加して読影を行っているが,ある程度同様な傾向があることは明らかであり,大部分に整合性があろう。

 もう一点は,恩師の馬場保昌先生が常に指摘されている,X線写真と切除標本および組織像との対比検討の問題である。これについては,病理報告書を詳細に把握し,検討を行ったが,組織像のない症例が大部分である。すなわち,X線写真と組織像との一対一の対応ができず,推定の域を脱しない変化所見が多くみられる事実は否めない。しかし,それについては馬場先生に長年にわたり指導を受け,多くの症例を拝見し,X線写真と組織像との一対一の対応ができるように現在も指導を受けているところであり,大部分の症例に組織像がないことについての批判は甘んじて受けるつもりである。

 最後に,全国を調査したわけではなく,一部の地域の施設をみると,FPD,DR装置を使用されている施設は少なくない。しかし,DR画像(ネガ像)を反転画像(ポジ像)に変換して二画面で読影する術者はきわめて少ないと思われる。現在,ポジ像の有用性を理解しつつも行われていないことから,今後,さらにポジ像が有用であるのかどうか症例を集積して検討し続けたいと考えている。

 本書の目的はネガ像とポジ像との所見の現れかたに着目して,それぞれの所見の現れかたを詳細に検討し,見逃しの少ない読影をするにはどのように行えばよいか,また,初心者がFPD,DR画像の読影をするには,どのような点に注意すればよいのか,早期癌103症例を中心に解析するとともに要点を含めて記述した。今後の胃X線撮影,読影の一助となれば幸いである。

大阪中央病院 大阪胃腸会(銀杏会)
                                  中村 信美