推薦のことば:頭頸部・口腔細胞診アトラス

 頭頸部・口腔は,聴覚,嗅覚,味覚などの感覚器をはじめ,呼吸,発声,摂食,嚥下にかかわる臓器に加えて,甲状腺,唾液腺やリンパ節など多種多様な構造物が狭い領域に複雑に配されている.臨床医は,この領域に発生した病変に対して根治と機能・形態温存の両極を考慮しながら,治療法の選択を迫られている.この治療法選択にあたっては良・悪性の判断はもとより,腫瘍の占居部位によっては手術療法,化学療法,放射線治療,免疫療法など大きく変移してくる.

 ここで最も重要な点は,画像診断による病変の局在と進展範囲の特定に加えて,病理学的に良・悪性の確定診断を行うことである.とくに病理診断は治療方針の決定や予後判定に大きな役割を担うことは言を待たないが,多種多様な臓器・器官とそれに伴う多彩な病変の存在により,診断に苦慮する症例も少なくないのが現状であろう.

 本書はこの診断向上のために至適な構成が加えられている.まず解剖から複雑な組織形態の理解が,次いで超音波による画像診断の基本的な見方と考え方が,また主流となりつつある超音波ガイド下穿刺吸引細胞診と標本作製法についても1つの章を割いて丁寧に紹介されている.さらに甲状腺,唾液腺,リンパ節の良・悪性の病変が組織・細胞像の対比によってきわめて精緻に供覧され,頭頸部と口腔領域においてもわれわれの遭遇するほぼすべての症例が網羅されている.これは各執筆者が永年にわたって蓄積してきた豊富な症例が惜しみなく提供されているためと思われる.そして,複雑な鑑別診断を正診に導くためのフローチャートの呈示により,実践に即した画期的なアトラスの形態を整えている.

 本書の実用性は病理医や細胞検査士はもちろんのこと,臨床医にとっても病理学的知識の修得に役立つものであり、これは執筆者である第一線の病理医と細胞検査士とのコラボレーションの最高到達点を示す金字塔であろう.頭頸部・口腔の組織・細胞診断に携わる方々がより高い診断能力を身につけ,患者さんに資することを願いつつ本書を推薦する次第である.

土屋 眞一(日本医科大学 付属病院 病理部)