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以下は、本書の前身である「低線量放射線の健康影響に関する調査研究報告書」のあとがきとして、土居雅広氏が用意された原稿である。
■ 放射線規制科学研究の確立を期して ■
低線量放射線の生体影響について、最近の動向について、議論の要点をとりまとめた。低線量被ばくに関する生物学的な放射線影響研究、疫学的な放射線影響研究は、不確実性が大きく挑戦的な課題が多く残っている基礎的・基盤的な一貫した取り組みの必要な研究分野である。
一方で、これらの基礎的な影響研究成果を基にして、その不確実性を考慮しつつ、放射線リスクを過小評価せず、また過度に過大評価にならないような放射線防護基準を定めることが求められている。
科学的根拠の不確実性が大きいということは、科学的なアプローチの限界であるということである。その上で行う政策的な判断には、科学的な知見に伴う不確実性や複雑さを、単純化して、割り切ることが含まれている。その際には、不確実性への配慮として、precautionary principle(安全側への配慮)が採用される。と同時に、その配慮が過度に及び、根拠の乏しい過大に過ぎれば、規制基準として機能しなくなることもある。規制として厳しいかどうか、より以上に、合理的な根拠があるかどうかが、問われることになる。
したがって、いわゆる放射線防護体系は、客観的ではあり得ず、「科学」ではない。しかしながら、いわゆる放射線防護体系は、しっかりした体系的な放射線影響研究成果を実証的な根拠として持たなければ、機能しないものである。
放射線規制に限らず、規制は、自由な活動に制限をかけ、本来の事業活動以外に、規制を遵守するための費用を強制するものである。規制法令の範囲では、法令遵守(コンプライアンス)には、拘束力がある。しかしながら、放射線防護体系は、法令の遵守より以上に、合理的に達成できる限り低く、という考え方により、被ばく線量の低減化を求めている。このような「防護の最適化」を中心とした放射線防護体系が、成熟した安全文化の中で、あらゆる面において機能するためには、規制基準として定められる値に、合理的な根拠がなければならない。
高い透明性が求められ、説明責任が問われる中で、放射線防護に関する関係者である規制者、事業者、研究者は、放射線影響研究の基礎的な成果を、その不確実性や限界を含めて、十分に理解し、説明できることが求められる。
基礎的な放射線影響研究成果と、上記のような放射線規制の根拠として必要とされる情報との間には、分野横断的なギャップがある。このギャップを埋める試みを、放射線規制科学研究と定義したい。放射線影響研究と放射線防護研究を繋ぎ合わせるための科学的取り組みとして、放射線規制科学研究を成熟させることが、今、求められている。
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