監修者序:臨床と病理のための乳腺MRIアトラス

 近年,本邦における乳癌患者数は著しく増加し,既に年齢調整罹患率では女性の癌の第1位に躍り出ている。さらに,乳癌検診の啓蒙と普及に相関して,早期乳癌あるいは微小石灰化病変の発見例が増え,治療面では定型,非定型乳房切除術が急速に減少し,乳房温存療法が総手術件数の40〜50%を占めるようになってきている。乳房温存手術に際しては,その良・悪性診断,組織型の判定はもとより,切除断端での癌巣の有無が重要な問題であり,そのために切除範囲決定には種々の検査法が術前に施行されている。例えば,その診断には画像,穿刺吸引細胞診,針生検(マンモトーム含)が症例を選んで行われ,それぞれの長所,短所を補いながら総合的に診断される。その後,手術された症例は病理組織学的検査に供されるが,画像診断は細胞診,針生検といった形態学的診断とは異なり,その所見がどのような形態学的特徴を有していたのかは病理組織像の切出し面と撮影面とを同一・対比にしない限り,画像所見の詳細な裏付けはできないと思われる。Evidence based medicine が叫ばれて久しいが,画像におけるevidenceは,それに対応する病理組織像といっても過言ではない。

 乳腺MRIの撮像スライス方向と手術標本の切出し面を完全に一致させ,MRI所見が組織像とどのように対比しているかを明らかにすることを目的とし,2000年夏から,乳腺MRI・病理研究会を立ち上げ,病理,放射線,乳腺外科医を中心に症例を積み上げてきた。臨床医と病理医の間には,日本乳癌学会・乳癌取扱い規約というルールが存在し,これを元に相互の情報交換が行われるが,その規約では切除標本の切出し方向について指針が示されている。しかし,病理診断の支障にならないことを前提に,画像と同一面でその組織標本を作製することは,MRI所見の理解という有用性の元に許されることであり,本書の提示症例は,画像と病理を一致させることに細かな工夫を持ち寄って出来上がったものである。本書がMRI診断に携わる方々の乳腺診断の一助になればこれに勝る喜びはない。

 最後に,研究会発足当初から多大なご協力をいただいた信州大学医学部外科学 天野純教授に厚くお礼申し上げるとともに,出版に当たり格別のご高配とご援助をいただいた医療科学社社長 古屋敷信一氏,出版部長 関谷健一氏に深甚の謝意を表します。

2006年6月
土屋 眞一
隈崎 達夫

 (日本医科大学付属病院 病理部)
 (日本医科大学 放射線医学)